新刊紹介

2024年1月9日

元科学環境部長、瀬川至朗さん編著『データが切り拓く新しいジャーナリズム(「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座2023)』

 本書は、2023年4~6月に開講した「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座の講義録である。

 早稲田ジャーナリズム大賞は2000年に創設され、2001年を第1回の募集・選考とし、毎年、「広く社会文化と公共の利益に貢献したジャーナリスト個人の活動」を顕彰している。賞の冠となっている石橋湛山は、早稲田大学出身で、戦前はジャーナリスト、戦後は政治家として活躍したことで知られる。とくに戦前には「小日本主義」を唱え、軍部などの領土拡張政策を批判する毅然とした言論活動を展開した。近年は受賞者の方々から「湛山の名が冠せられた賞を受賞できて光栄」という言葉を聞くようになった。閉塞感のある今日の言論状況において、湛山の「自由な言論」を重視する本賞の存在感が増してきているように思う。

 早稲田ジャーナリズム大賞の受賞者らが授業の講師となって自らの取材過程やジャーナリズム・メディア観を学生に紹介し、質疑応答を交えて議論をする。これが記念講座である。「ジャーナリズムの現在」という名前の正規授業(計7回)で、早稲田の全学部の学生が受講できる。例年、100~180人ほどの学生が参加する。報道やメディアの世界をめざす人も少なくない。忖度、遠慮のない質問に、講師が立ち往生することもあった。

 2023年度春の「ジャーナリズムの現在」に来ていただいたのは、2022年度の大賞受賞者2名と奨励賞受賞者3名、優れたジャーナリズム活動で他の賞を受賞した1名、記念講座特別シンポジウムのパネリスト2名の方だった。その講座を元にした本書は、以下の構成となっている。

講義 ジャーナリズムの現在

1 国の公開情報を調査報道に生かす――「国費解剖」が解き明かした政府予算の病巣
(鷺森 弘=日本経済新聞 社会・調査報道ユニット 調査報道グループ長)

2 テレビにおけるデジタル調査報道の可能性――ミャンマー軍の弾圧の実態に迫る
(善家 賢=NHKプロジェクトセンターチーフ・プロデューサー)

3 VUCA時代のジャーナリズム――ファクトチェックの取り組み
(井上幸昌=日本テレビ 報道局「真相報道バンキシャ!」チーフプロデューサー)

4 戦争体験者の声を残したい――ドキュメンタリーの現場から
(太田直子=フリー映像ディレクター)

5 基地問題「わがこと」とするために――北富士演習場と沖縄、地元紙の役割は
(前島文彦=山梨日日新聞 編集局社会部長)

6 「北方領土」取材から考える新聞の役割――安倍政権の対ロシア外交とウクライナ侵攻
(渡辺玲男=北海道新聞東京支社 報道センター部次長)

討論 データ時代の調査報道を考える
 シンポジウム データジャーナリズムとは何か――データ分析と可視化報道の現在地
 (山崎啓介=朝日新聞 編集局デジタル企画報道部)
 (荻原和樹=Google News Lab ティーチング・フェロー)

 社会科学方法論とデータジャーナリズム(瀬川至朗)

 今回の記念講座は、当初から「データ」を扱うジャーナリズムを主要なテーマにしたいと考えていた。22年度受賞作品には、国のオープンデータを収集して作成した統合データベースの分析により、国の基金制度の問題点を明らかにした日本経済新聞の「国費解剖」という調査報道と、SNSなどのオープンデータを活用・分析するOSINT(Open Source Intelligence、オシント)の手法を駆使して、ミャンマー軍の弾圧の実態に迫ったNHKスペシャルの「ミャンマープロジェクト」が入っていた。

 近年注目されている、オープンデータを活用するジャーナリズムを特集する好機と捉え、受賞者以外に、日本テレビの番組「ザ・ファクトチェック」のチーフプロデューサーの方=ファクトチェックアワード2023優秀賞=を講師にお招きすること、またデータジャーナリズムをテーマとする講座記念シンポジウムを開催し、専門記者二人をお招きすることを決めた。こうした講師陣により、「データ」を扱うジャーナリズムの話を多面的に展開することができた。本書のタイトルを、「データが切り拓く新しいジャーナリズム」とすることにした次第である。拙稿の「社会科学方法論とデータジャーナリズム」は解題として書き下ろした。

 なお、今日的なデータジャーナリズムとの直接的な関係はないかもしれないが、22年度の受賞作品である山梨日日新聞の「FUJIと沖縄」、NHK(Eテレ)で放送された「“玉砕”の島を生きて ~テニアン島 日本人移民の記録~」、北海道新聞の「消えた「四島返還」」は、いずれも長きにわたる弛まぬ努力と丁寧な取材、地元に根ざした明確な問題意識などの組み合わせで実現した、大変優れた作品だった。担当された三人の方の熱量のこもった講義録をぜひお読みいただきたい。

 最後に一点。本書では早稲田ジャーナリズム大賞の選考委員が候補作品を評価する際に用いられる4つの着目点を初めて公表している(「あとがき」参照)。本賞に応募していただく際の参考になれば幸いである。

(早稲田大学 政治経済学術院教授 瀬川 至朗)

 瀬川至朗編著『データが切り拓く新しいジャーナリズム(「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座2023)』は早稲田大学出版部刊、税込み1980円