新刊紹介

2020年12月4日

『競輪という世界』 (共著) 堤哲さんが意外な(?!)新刊

 競輪、ケイリン、KEIRIN。それぞれに意味が異なる世界が、歴史や人間物語を含めて、この1冊ですっきりと頭に入る。ちなみに競輪は、日本各地で展開される公営ギャンブルとしての意味、ケイリンは東京五輪にも種目登録されているスポーツで、海外ではKEIRINとして通用する、日本語由来の国際的なスポーツ用語だ。

 新聞記者初任地の静岡で、競輪好きの先輩に連れられて競輪場を初めて体験し、金網越しに疾走する選手たちを見た。その後は、先輩ほど競輪の世界に引きこまれることはなく、今回、堤哲さんからこの新刊書をいただかなければ、無縁のままで通り過ぎた世界かもしれない。

 世界選手権10連勝の偉業を刻んだ競輪界のレジェンド、中野浩一選手をはじめ歴代のスター選手たちのインタビューや育成過程のレポート、いま脚光を浴びているガールズケイリンのヒロインたち、美濃部都知事時代にピリオドを打った後楽園競輪など各地の競輪場の栄枯盛衰……。競輪の世界に大きく裾野を広げてくれる読み物になっている。

 東京五輪では、日本人のメダル獲得が十分期待できるという。新型ウイルス感染拡大で、今年は各地の競輪で開催中止が相次いだが、その後、インターネットで車券が買えるようになって人気が回復している現象は、競馬界にも共通する新たな時代を象徴する。

 堤さんがなぜ専門外と思われる分野の新書執筆に関わったか、「終わりに」で、その〝秘密〟が明かされる。公益財団法人JKAの前身である日本自転車振興会の会長に元NHKアナウンサー、下重暁子さんが就任した際、広報誌『ぺだる』が創刊され、堤さんが「競輪事始」の連載を担当したのが縁、という。同期でJKA2代会長石黒克己さんも登場し、補助事業による公益増進、社会貢献の意義を強調している。

 堤さん以外の著者は、朝日新聞の名物記者だった轡田隆史さん、元朝日新聞記者の藤原勇彦さん、それにノンフィクション・ライター、小堀隆司さん。轡田さんが担当した「競輪文学散歩」で、かの夏目漱石が英国留学中にノイローゼになって、その治療のため自転車に乗って身体を動かした、というエピソードが紹介されていた。我が身を振り返って、競輪のようなスピードは出さないが、佃の自宅から銀座や皇居周辺など自転車で駆け回っている体験から、自転車に対する関心を高めてくれるこの新書に感謝したい。

(高尾 義彦)

 『競輪という世界』文春新書 本体900円+税

2020年12月3日

元司法記者、飯島一孝さんが新刊 『裁判官になるには』

 人気の職業への道を紹介するぺりかん社の「なるにはBOOKS」シリーズから『裁判官になるには』が出版されました。中高生向けの入門書ですが、現役の裁判官や書記官のナマの声が数多く掲載されていて、現代のリアルな裁判所を浮き彫りに出来たと自負しています。

 筆者は1990年代に東京社会部の司法記者クラブ員としてロッキード事件の裁判などを担当しましたが、当時と比べ裁判所の雰囲気がガラッと変わっていて驚きました。

 最大の変化は、この本のカバーに女性裁判官が描かれているように、女性の進出です。数字で表すと、2005年には女性裁判官の割合は全体の16・5%だったのですが、2019年には26・7%に増えています。大雑把にいうと、女性の割合がおよそ15年間に6人に1人から4人に1人に増えているのです。

 裁判官になるには、文系で最難関と言われる司法試験に合格しなければなりませんが、その試験も相次ぐ改革で門戸が広がり、合格率がグンとアップしています。以前のように、何年も浪人を続ける人は大幅に減っています。

 また、裁判所といえば役所の中でも最も堅いと言われていましたが、著者が担当していた頃に比べてソフトになったなと感じました。裁判所の取材は主に最高裁事務総局広報課の現役裁判官が対応してくれましたが、とてもオープンで、本の文章表現についても、それほど細かくチェックされませんでした。

 以上のような雰囲気を出来るだけ本の中身に反映させようと努めたので、中高生にとどまらず、一般の方にも興味深く読んでいただけると思います。

 「なるにはBOOKS」のシリーズでは、すでに『検察官になるには』が今年5月に出版され、好評発売中です。2冊合わせて読んでいただければ、現在の司法の状況が理解していただけると思います。書店などで本を見かけましたら、手にとって読んでいただければ幸いです。

(ぺりかん社、1500円+税)

(飯島一孝=元東京本社社会部員、元モスクワ支局長)

2020年11月18日

『安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル』  毎日・朝日で検察記者一筋の村山治さんが新著

 社会部・司法記者クラブで一緒に仕事をした後輩の村山治さんが、その記者人生を注ぎこんだタイムリーな一冊を上梓した。毎日新聞から朝日新聞に移ったことは残念だったが、検察記者一筋の生き方には敬意を表したい。

 安倍内閣が今年1月末に、黒川弘務東京高検検事長の定年(勤務期間)を違法に延長し、検察庁法改正を目指した問題が、有権者や元特捜検事らの激しい反発を受けた。この〝事件〟の真相と、安倍・菅コンビの意図は何だったのか。著書は、取材メモをもとに、内閣官僚と検察官僚の熾烈な暗闘を綿密に検証し、政府と検察のあるべき姿を考える材料を提供してくれている。

 すでに触れられていることだが、今回の検察の危機は2016年の検察首脳人事が大きな分岐点になったことが、元検察首脳らの肉声で語られる。法務事務次官だった稲田伸夫が、次の次の検事総長に就任することを前提に、検察首脳人事案を練り上げた際、法務・検察の意向は、林真琴刑事局長を検事総長へのルートに乗せるため次官への昇格を優先、同期だが政界寄りと見られていた官房長の黒川は地方の高検検事長に転出させる、というものだった。ところが菅義偉官房長官サイドにこの人事案を拒否され、黒川を法務次官にせざるを得なかった。この時の法務・検察と官邸の確執が4年後に、より露骨な形であからさまになる。

 著書は検察の歴史にも遡り、造船疑獄当時の指揮権発動や思想検察と経済検察の争いなども含めて、法務・検察の世界に詳しくない読者にも理解できるように、丁寧に説明している。今回の騒動が、第一義的には、安倍・菅政権が長期政権のおごりから、法律解釈まで勝手に捻じ曲げて民主主義、三権分立を踏みにじろうとしたことに起因すると批判していることは当然だが、一方であるべき検察首脳人事を組み立てるべき法務・検察サイドに、政治の介入を許す隙があったのではないかと指摘しているところに、興味を覚えた。

 私自身が検察の現場を取材した当時は、ロッキード事件で田中角栄元首相を逮捕した1976年を頂点に、検察が国民の信頼と期待に支えられていた。しかしその後の検察は証拠捏造などの不祥事が相次ぎ、国民の信頼が揺らぐとともに、政界の腐敗に切り込む検察の迫力も衰えを見せた時代を経験している。

 著者は永年の取材の積み重ねと豊富な人脈を大事にして、国民の目には見えにくい世界を解きほぐしてゆく。現役の記者にとっても、大切な取材姿勢を感じさせる。

 ロッキード事件当時の記者として、最近、出版された「ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス」(春名幹男、株式会社KADOKAWA)にも触れておきたい。元共同通信記者が書いたこの本では、山本祐司・元社会部長の著書『毎日新聞社会部』などの引用も見られるが、米国の公文書館で公開されている文書を丹念に渉猟し、なぜ、巨悪が逃れたのか、というテーマを追求している。

 日本の捜査機関に田中元首相の名前が入った秘密資料が提供された裏には、「角栄嫌い」のキッシンジャー元国務長官の意向が働いたと著者は示唆する。ところが、ロッキード社秘密代理人、児玉誉士夫に連なる軍用機売込みの闇は、戦後一貫して巨額の黒い資金が流れたにもかかわらず、巧みに隠されてきた。情報公開先進国の米国も、この領域では巧妙に秘密指定を解除せず、米国の国益や米国にとって好ましい日本の政権を温存してきた、と読み取れる内容になっていて、興味深い。

 定価1,760円(本体1,600円) 文藝春秋刊

【著者プロフィール=同書から】

 村山治(むらやま おさむ) 1950年徳島県生まれ。73年に早稲田大学卒業後、毎日新聞を経て、91年に朝日新聞入社。東京佐川急便事件(92年)、金丸脱税事件(93年)、大蔵省接待汚職事件(98年)、KSD事件(2000、01年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(04年)など大型経済事件の報道にかかわる。17年11月、フリーランスに。著書に『市場検察』(文藝春秋)、『小沢一郎vs.特捜検察 20年戦争』(朝日新聞出版)、共著に『田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察「栄光」の裏側』(朝日新聞出版)など。

(高尾 義彦)

2020年11月12日

元西部本社学芸部記者、米本浩二さんの新刊 『魂の邂逅 石牟礼道子と渡辺京二』

 この本では、「石牟礼道子」と「邂逅」について考察しました。辞書によると「邂逅」とは「思いがけなく会うこと。めぐりあい」という意味です。

 石牟礼道子は何と邂逅してきたか。熊本県の天草に生まれ、慈愛にみちたやさしい両親と邂逅しています。それなのに道子はこの世がいやでいやでたまりません。思春期の道子は呪詛のような文句をノートに書き散らします。文字との邂逅です。次に短歌との邂逅がありました。代用教員をしながら短歌に生の希望を見出します。

 以後の主な邂逅を列挙してみましょう。

 熊本の短歌会での志賀狂太との邂逅。
 異性として意識したひとつ下の弟一の死。
 サークル村での森崎和江、上野英信との邂逅。聞き書きに目覚める。
 女性史研究の高群逸枝、その夫、橋本憲三との邂逅。女性の苦難の歴史に思いをはせる。
 渡辺京二との邂逅。ともに水俣病闘争に参加。文学・思想的同志となる。

 その後、渡辺は道子と半世紀以上、行動を共にし、道子作品の成就に全身全霊で尽くします。道子の生涯で一番大きな出来事は渡辺京二との出会いです。渡辺にとっても道子との出会いは生涯を左右する出来事でした。ふたりはどうやって魂の邂逅を果たしたのか。本書では1969年春をクローズアップし、ふたりの交わした言葉をたどっています。

(新潮社、税込み1,980円)

(米本浩二=元毎日新聞学芸部記者)

※米本浩二さんは1961年、徳島県生まれ。毎日新聞学芸部記者を経て著述業。石牟礼道子資料保存会研究員。著書に『みぞれふる空――脊髄小脳変性症と家族の2000日』(文藝春秋)、『評伝 石牟礼道子――渚に立つひと』(新潮社、第69回読売文学賞評論・伝記賞)、『不知火のほとりで――石牟礼道子終焉記』(毎日新聞出版)。今回の出版は、文芸誌「新潮」に「石牟礼道子と渡辺京二 不器用な魂の邂逅」として連載された。福岡市在住。

2020年11月12日

毎日新聞が開発した「記者トレ」が本になった!

 毎日新聞社が開発した教育プログラム「記者トレ―伝える力育てます―」を分かりやすく解説した『新聞記者に学ぶ 観る力、聴く力、伝える力—記者トレ』が出版された。

 相手と目線を合わせる▽取材相手の発言を本人に要約して返す▽具体的に書く▽一文を短くする――など、記者のスキルを45の「必勝パターン」に分解して解説。その実践編として、実際に記事を書いたり、見出しつけたりする。プロが実践している「伝える」ための技法を、誰もが活用できる形でまとめたのが特徴だ。

 監修にあたった東京理科大の井藤元・准教授は「この本には上手な文章を書くためのノウハウが記されているのではなく、必要な情報を取捨選択しつつ、現実を捉える力を育むためのヒントが描き出されている。予測不能な現代社会を生きる全ての人に手にとっていただきたい」と話している。

 日本能率協会マネジメントセンター刊、1650円(税込)

2020年11月10日

元学芸部長、奥武則さんが新刊 『感染症と民衆』

 ご本人のブログ「新・ときたま日記」(11月7日)から転載

 『感染症と民衆――明治日本のコレラ体験』(平凡社新書)の見本が届いた。発売は今月16日らしい。

 奧付までいれて200ページ。かなり薄手の新書になった。著者本人としては、それなりに書きたいこと、書くべきことは書ききったつもりである。もっとも加齢に伴う持続力の低下を感じないわけではなかったが……。

 「あとがき」に、こんなことを書いた。

 新型インフルエンザ等対策特別措置改正法による新型コロナウイルス感染症に対する「緊急事態宣言」が発令されたのは、二〇二〇年四月七日だった。列島にコロナ禍というべき状況が広がった。

 「外出自粛」で盛り場から人が消え、さまざまなイベントが中止に追い込まれた。正直、私の楽観的な予想をはるかに超える展開だった。そんななかで本書の構想が生まれた。ずいぶん前に書いた「近代日本における疫病と民衆」という短い論文を思い出したのである。この小論は、当時特別研究員として籍を置いていた早稲田大学社会科学研究所の紀要『社会科学討究』に掲載してもらった。他のいくつかの小論と合わせて、『文明開化と民衆――近代日本精神史断章』と題した小著として刊行した。

 以上は、本書の「はじめに」にも記したことだが、この小著は、私にとって日本近代史にかかわる最初の著書だった。論文執筆が一九九一年、著書刊行が一九九三年だから、すでに三十年近い月日が過ぎている。むろん、論文のことも著書のことも忘れたわけではなかったが、コロナ禍に直面するまで、明治期のコレラのことを本書のようなかたちで刊行することなどまったく考えていなかった。

 以下、私的な「昔話」をお許しいただく。私は大学卒業後、新聞社に入り、三十三年間在籍して、大学教師に転じた。新聞社では、ほぼ「記者」として過ごした。最後は、一面コラム「余録」を執筆するという僥倖にも恵まれた。新聞記者はむろん、自分で選択した職業であり、基本的には充実した記者生活を全うできたことに満足している。

 だが、子どものころから「研究者」への漠然とした憧れもあった。高校生のころには、「歴史学者」になりたいと思うようになった。大学に進み、藤原保信先生のもとで政治思想史を学んだ。研究者へ進む道もあったのだが、結局、私はそれを捨てて、新聞社を選んだ。

 ジョン・ロックやトーマス・ホッブズといった西洋の政治思想以上に、当時の私が大きなインパクトを受けたのは、色川大吉氏の民衆史・民衆思想史研究だった。大学のたぶん三年生のときだったと思う、大学で色川氏の講演会があった。色川氏の研究チームが「五日市憲法」の名で知られることになる憲法草案を、東京・五日市の深沢家の朽ちかけた蔵から発見して間もない時期だった。「五日市憲法」の画期的な内容と、それを生み出した学習組織の模様を語る若々しい色川氏の熱弁は、新しい歴史研究の領域として近代日本の民衆史・民衆思想史が持つ魅力を私の頭に刻み込んだ。

 色川氏の黄河書房版の『明治精神史』を買ったのは、いまはなき文献堂という古書店だった。やがて、この本をはじめとした色川氏の著作、そして後には、安丸良夫氏の『日本の近代化と民衆思想』などの著作、鹿野政直氏の『資本主義形成期の秩序意識』などの著作が私の書棚に並んだ(新聞記者として日々を送りながら、いつかはこうした分野の著作をものしたいと思っていたような気もする)。

 新聞社を早期退職して大学教師に転じるきっかけは、「ジャーナリズムの歴史と思想」という授業を主担当とする教員の公募だった。「ジャーナリズム」はともかく、「歴史と思想」の部分に引かれて、応募したところ、幸い採用された。私の新聞記者としての履歴も考慮されたのだろう。先に記した「日本近代史処女作」の後、いくつか著作を刊行できたのだが、この担当授業の関係もあって、この「処女作」の後は、「ジャーナリズム」にかかわるものが多くなった。

 こうした私の「研究歴」(こんな大げさな言葉を使うのはいささか恥ずかしいが)に即してみると、本書は私にとって、数十年ぶりに出発点に立ち戻った思いがする。

 むろん、この間、多くの民衆史・民衆思想史分野の仕事に接して来た。以前に書いた論文の問題意識そのままに本書を書いたわけでもない。この間、困民党研究会、それに続く近代民衆史研究会での稲田雅洋氏をはじめとする方々との交流は、私の問題意識を常に鍛えてくれた。とりわけ、コレラ騒動については、困民党研究会以来の長い友人である杉山弘氏に感謝しなければならない。本文で何度も参照した杉山弘氏の先駆的業績がなければ、本書はこうしたかたちで書けなかっただろう。

 コロナ禍はいうまでもなく世界的な災厄だが、本書の執筆に当たって直面した私的コロナ禍にはいささか苦労した(私は幸い、いまのところ、ウイルスに感染してはいないようだから、とうてい「文句」は言えないのだが)。

 大学を退職する際、かなりの量の本を整理した。研究室にあった本と自宅にあった本を十分に吟味する余裕もないままに処理したせいか、残しておいたと思う本がなかったり、どこに置いたか分からないままの本があったりした。図書館が頼りとなる。当然、新聞資料や関連論文の収集にも図書館は不可欠である。ところが、国立国会図書館は閉鎖され、開館された後も事前申し込みによる抽選で当選しないと入館できなかった。法政大学図書館は比較的早く利用できるようになったのだが、けっこう頼りにしてきた早稲田大学図書館は私のような一介の卒業生には利用できなかった。コロナ禍のなか、大学も通常のかたちの授業ができないままのようだが、各種の研究会などもオンラインで行っている。オンラインは便利な面もあるが、研究会後の懇親会は開けない。こうした場での交流が楽しみな私のような人間には、オンライン研究会はまことに味気ない。

 さて、この手のことはいつも最後になってしまうのだが、本書の刊行に際して直接お世話になった平凡社の金澤智之氏に感謝したい。本書の執筆を思い立ち、金澤氏に企画書(めいたもの)をメールで送ったのは、六月末だった。企画の採否を待ちつつ、七月から執筆を始めた。前述のような私的コロナ禍を別にすれば、比較的順調に書き進めることができた。金澤氏には、進行に合わせて適切な対応をしていただいた。思えば、氏に平凡社新書を出していただくのは、本書で三冊目である。ありがたいことだ。

 「こんな時代もあったね」と話せる日がいつか来ると思いたい。その日が来たとき、コロナ禍の時代に書いた本書が私にとって、懐かしい思い出になることを願いつつ。

【ブログ掲載のプロフィール】
ジャーナリズム史研究者。新聞社に33年。2003年4月―2017年3月、法政大学社会学部・大学院社会学研究科教授。「ジャーナリズムの歴史と思想」などを担当。法政大学名誉教授。毎日新聞客員編集委員。

2020年10月29日

藤原章生記者の 『新版 絵はがきにされた少年』

 2005年に第3回開高健ノンフィクション賞を受賞した作品の新版。

 出版社のHPによると、内戦中のスーダンで撮影した「ハゲワシと少女」でピュリッツァー賞を受賞、その直後に自殺したカメラマン。

 ルワンダ大虐殺を生き延びた老人の孤独。アパルトヘイトの終わりを告げる暴動。紛争の資金源となるダイヤモンド取引の闇商人……。

 新聞社の特派員として取材を続ける中で、著者は先入観を崩され、アフリカに生きる人々、賢者たちに魅せられていく。

 アフリカ―遠い地平の人々が語る11の物語。

 悲惨さの脇に普通の人々の日常がある。

 悲惨な風景の中でさえ、目を凝らせば、人の幸福を考えさせる瞬間がある。―本文より

 2020年10月28日発売! 柏艪舎刊、定価:1870円(税込み)
 ISBN:978-4-434-28068-9 C0095

【柏艪舎からの案内】
https://tinyurl.com/y2d9rdfp ← Ctrlキーを押してクリックすれば、書籍案内、著者略歴などのほか、You Tubeで本人が新版出版について語る肉声が聞ける画面になります。
本書特設ページで試し読みもできます。
著者コメント動画やコラム、写真もお楽しみいただけます。
イベント情報も掲載しておりますので、ぜひご覧ください。

【トークイベント申込受付中】
毎日メディアカフェで藤原章生さんが登壇!
11/13(金)18時半 毎日新聞東京本社1階  定員25名
詳細・お申込みは https://tinyurl.com/y3mkk5jf

2020年10月14日

『盗まれたエジプト文明 ナイル5000年の墓泥棒』 ― 外信部・篠田航一さんの新刊が日本記者クラブ会報「マイブック」などに

《話題の新刊 (週刊朝日)》
『盗まれたエジプト文明 ナイル5000年の墓泥棒』 篠田航一著

 毎日新聞の特派員としてカイロに滞在した経験から、一歴史ファンの目でエジプト史を概観しようとして、行き着いたテーマが「盗掘」だったという著者。「エジプト史は盗掘の歴史でもある」というその弁に違わず、紀元前の時代からこの地は、ありとあらゆる略奪にさらされてきた。

 ピラミッドがあれば、「ここに財宝がある」と宣伝しているようなものだし、目立たないところに移しても、王家の墓は必ず暴かれてしまう。ナポレオンのように、国家的事業として大規模な略奪を行った人物もいる。ただ、相次ぐ盗掘こそが、埋もれていた古代文明の粋に光を当てたという一面もある。

 IS等のテロ組織が古代遺跡からの盗掘品を資金源にしているなど、盗掘は現在進行形のできごとでもある。かくまで長きにわたって盗まれつづけるエジプト文明への敬意を禁じ得ない。(平山瑞穂)

 「週刊朝日」2020年10月16日号

 【篠田航一さん】1973年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。97年毎日新聞社入社。甲府支局、武蔵野支局を経て東京本社社会部で東京地検特捜部などを担当。ドイツ留学後、2011年から4年間、ベルリン特派員としてドイツの政治・社会情勢を取材。青森支局次長を経て17年からカイロ特派員。著書に『ナチスの財宝』(講談社現代新書)、共著に『独仏「原発」二つの選択』(筑摩選書)がある。

2020年9月7日

小倉孝保著『ロレンスになれなかった男 空手でアラブを制した岡本秀樹の生涯』

 映画「アラビアのロレンス」に憧れ1970年、シリアに向かった岡本秀樹。空手の稽古を通じて、アラブ民族に自立への誇りと現地の活気をもたらしていく。稽古を通じ築いた政官中枢との人脈を生かしエジプト、イラクでビジネスに挑むが、国際情勢に翻弄され計画は暗礁に乗り上げる。すべてを失った男が、たどり着いた場所とは——。

 これは出版社のHPにある紹介だが、9月6日付産経新聞に作家の黒木亮氏が書評を書いている。

 《本書は、アラブ現代史でもある。ぞくりとさせられるのは、岡本がベイルートの道場で、パレスチナの秘密武装組織「ブラック・セプテンバー」の最高幹部、アリ・ハッサン・サラメに稽古をつける場面だ。道場に入る前は必ず部下たちが検分し、サラメや一緒に指導を受ける若者たちが周囲に置くタオルを、ある時めくると、拳銃が現れる。72年の初夏、サラメは「しばらく稽古を休む。元気でいてください」と告げ、間もなく彼らはミュンヘン五輪の選手村でイスラエル人選手ら11人を殺害。7年後、サラメはイスラエルの対外特務機関「モサド」の報復で爆殺された》

《本書は、女癖の悪さや悲喜こもごもの愛憎劇など、岡本の裏の部分も容赦なく描く。しかし、そうした記述によって、読者はアラブ世界の現実を肌で思い知らされるのである》

 《痛快で、強烈で、哀愁漂う一冊だ。読者は、岡本秀樹の人間像に驚きあきれながらも共感を覚え、一度会ってみたかったと思うのではないだろうか》

 小倉氏は1988年入社。カイロ・ニューヨーク両支局長、欧州総局(ロンドン)長、外信部長、編集編成局次長を経て論説委員。2014年、日本人として初めて英国外国特派員協会賞受賞。『柔の恩人 「女子柔道の母」ラスティ・カノコギが夢見た世界』(小学館)で第18回小学館ノンフィクション大賞、第23回ミズノスポーツライター賞最優秀賞をダブル受賞。著書に『空から降ってきた男 アフリカ「奴隷社会」の悲劇』(新潮社)、『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』(プレジデント社)などがある。

 角川書店刊、定価:2,200円+税。 ISBN:9784041091609

2020年8月17日

『特攻と日本軍兵士 大学生から「特殊兵器」搭乗員になった兄弟の証言と伝言』

 毎日新聞客員編集委員広岩近広さんの近著。8月15日付毎日新聞「今週の本棚」で紹介された。

 ——本紙朝刊(大阪本社発行)2018年11月から今年3月まで連載された「昭和の戦争を語る」を大幅に改稿したものである。ともに特攻から生還した兄弟、岩井忠正氏と忠熊氏と、ジャーナリストの広岩近広氏との出会いが、本書に結びついた。

 忠正氏は慶応大から、忠熊氏は京都大から徴集された。人間魚雷「回天」や特攻ボート「震洋」といった「必死の特殊兵器」による非道な訓練を強いられた。聞き役である広岩氏は繰り返し問う。なぜ最高の教育を受けながら「十死零生」の特攻要員となることを受け入れたのか、と。

 長い問答を通して明かされる、拒絶できぬ時代の「空気」。だが、それは一方的に押しつけられたものではない。国民の側にも受け入れる素地があったことが率直に語られる。「備えあれば憂いあり」。忠熊氏の言葉が印象的だ。強大な軍事力という「備え」が、破滅的な戦争という「憂い」をつくりだしたのだ、と。

 集団的自衛権の次は、敵基地攻撃能力が論じられるご時世である。75年前の悲劇から何を学んだのか。改めてその問いが胸を突く。(彦)

 連載は62回に及んだ。広岩さんは1975年入社。大阪社会部やサンデー毎日で主に事件と調査報道に携わり、2005年大阪本社編集局次長として戦後60年企画の原爆報道を担当。その後平和担当の専門編集委員。現在、客員編集委員。

 毎日新聞出版刊、定価:2,000円+税。ISBN:978-4-620-32642-9

2020年8月11日

被爆者の瞳に宿る記憶 長崎原爆テーマの写真集3作目、福岡市の松村さんが出版 にじみ出る悲しみや苦しみ感じて /福岡

長崎原爆をテーマにした3作目の写真集を手にする写真家の松村さん

 毎日新聞2020年8月10日 地方版

 福岡市の写真塾「フォトマッサージ」主宰で、写真家の松村明さん(73)=東区=が長崎原爆をテーマにした写真集「閃光(せんこう)の記憶―被爆75年」(長崎文献社)を出版した。被爆者の瞳に宿る被爆の記憶の表現に挑んだ。

【下原知広】

詳しくは下記URLで
https://mainichi.jp/articles/20200810/ddl/k40/040/256000c

2020年8月6日

『緊急解説!2020年上半期 ニュース丸わかり80 新型コロナで変わる日本』(毎日新聞社)

 ちょっと題名が長いが、2020年上半期に起きた出来事をコンパクトに紹介した新書判の本。毎日新聞に好評連載中の「質問なるほドリ」から80本を選んだ。

 まず新型コロナウイルス問題。武漢ってどんな街?/新型コロナ薬すぐに使える?/お酒、消毒に使える?/なぜ異業種がマスク生産?/コロナで話題の「エクモ」って?/非接触型体温計の仕組みは?/米疾病対策センターって?/ジョンズ・ホプキンズ大って?などなど。

 「東京オリンピック延期問題」、「政治・経済」検察庁法改正案って?/「ムーンショット」どんな研究?など、「社会」延期された「立皇嗣の礼」とは?/国外逃亡の犯罪者、どうなる?/将棋のプロ棋士になるには?など。

 本文192ページ、定価:1,000円(税別)、毎日新聞出版 ISBN:978-4-620-32639-9

2020年7月23日

大治朋子さんが『歪んだ正義』出版

 【大治朋子さんのフェイスブックから】新著「歪んだ正義『普通の人』がなぜ過激化するのか」(毎日新聞出版)を上梓いたします。都内7月30日(木)、全国8月3日(月)発売。私たちの中に潜む攻撃性。「自分は絶対に正しい」と思い込む時、人間の凶暴性が牙をむく。「普通の人」が過激化する過程にはどのようなメカニズムがあるのか。そんな疑問を追いかけた調査報道です。4年余りにおよぶエルサレム特派員生活と2年余りの現地大学院・シンクタンクでの研究生活の集大成としてまとめました。可能な限り論文や書籍を参考文献として具体的に引用し、同じような疑問を抱いた人がこれを土台にさらに調査・研究できるようにと思って取り組みました。これは長年私が個人的に目指してきた「アカデミ・ジャーナリズム」(私の造語です)の実践です。書籍の写真は高橋勝視さん(元出版写真部)撮影。

 http://mainichibooks.com/books/social/post-730.html

2020年7月20日

「閃光の記憶-被爆75年-」写真集出版とクラウドファンディング


 「閃光の記憶-被爆75年- 」松村明写真集(長崎文献社)として7月10日に出版しました。

 妻が被爆2世ということもあり、長崎原爆に関心があり、これまでに「ありふれた長崎」(窓社)、「Evidence NAGSAKI-爆心1Km(冬青社)と原爆にまつわる写真集を出し、これが締め括りの3冊目です。

 10年前出版の「ありふれた長崎」を撮影の折り、被爆者のお顔にはただならぬ苦労が見えてきました。そのことが気掛かりで3冊目の撮影に駆り立てられた。撮影にあたり、爆心より5キロ以内、その瞬間を体験された方に限らせていただいた。

 被爆の方々は閃光、熱線、爆音、爆風そして放射能という誰も体験のない超常状況下に置かれた。

 爆心より2、3キロの路上で閃光を受けた山田一美さん。ほんの数メートル先にいた人は衣服が燃えたまま走り去った。もちろんこの付近で屋外被爆した人はほぼ亡くなっていった。ところが山田さんは、小山の陰に居たことで一命をとりとめることができた。

 53名のまさに奇跡の人たち。この特異な体験をされた方々のお顔、目から何が見えてくるかを写しとめたいと思った。

 READYFORというクラウドファンディングに、ものは試しとチャレンジしてみました。設定寄付に達成すれば出版費用の補填となりますが、さて、どうなりますか。

https://readyfor.jp/projects/39500

(元カメラ毎日編集部、松村 明=福岡在住)

 長崎文献社のホームページによると、顔写真53人を掲載、生年と被爆当時の年齢、被爆地、爆心地からの距離、被爆の瞬間、その後の記憶、伝えたいメッセージを記録(日英対訳掲載)。 3,630円 (税込)

 目次によると、巻頭序文は高橋眞司さん(哲学者)。

 登場者(掲載順、敬称略)は

・羽田麗子・小峰秀幸・山田一美・清水則雄・山川富佐子
・高谷英二・山口美代子・上田亨・西山進・松本恵美子
・森田博満・木口久・池田松義・築城昭平・草合護・川村幸子
・中島正徳・山川剛・内田伯・峰徹・磯田玲子・深堀譲治・市丸彪
・山脇佳朗・松尾幸子・谷口稜嘩・伊藤芳美・永野悦子・早崎猪之助
・森悦子・下平作江・吉岡泰志・宮川雅一・大倉峰代・山田拓民
・川野浩一・深堀好敏・吉崎幸恵・舛本佳子・大田スズ子・門 隆
・池田道明・桑崎英子・小西勝・城臺美彌子・鈴木一郎・小崎登明
・深堀リン・西村勇夫・中村一俊・田中熙巳・田川博康・深堀繁美

2020年7月7日

出版しました~「朝鮮戦争と『戦後史の穴』」をテーマに

 大阪大学出身の私は、毎日新聞の第一次面接試験を大阪本社で受けた。

 「ほお、阪大ですか。吹田事件を僕は取材しましたよ」。そう言った老練な面接委員の言葉を、奇妙によく覚えている。

 吹田事件とは朝鮮戦争2周年前夜の1952年6月24日、大阪大学待兼山キャンパスに結集したデモ隊が、阪急電車を「人民電車」に仕立てて国鉄吹田操車場に侵入し、米軍物資の朝鮮輸送を阻止しようとした「戦後の三大騒擾事件」の一つである。日本共産党と在日朝鮮人団体による暴力闘争路線そのものだが、「忘却された事件」といってよいだろう。

 私は4月末、『占領と引揚げの肖像 BEPPU1945―1946』を出版した。
版元は西部本社報道部長だった三原浩良氏(故人)が退社後に創設した「弦書房」(福岡市)である。国際温泉都市・別府は戦後の10年間は「被占領都市」であり、引揚者3万人以上が殺到した「引揚者都市」だったという趣旨の本だ。不思議なことに、こういった観点で書かれた別府戦後史は一冊もなかった。

 「朝鮮戦争と別府」について、章を立てて詳述した。

 ソウル特派員を経験した私は、朝鮮戦争が自由主義陣営と共産主義陣営の熾烈な戦争であったことを知っている。別府周辺でも朝鮮戦争当時、民団系と民戦系(北朝鮮系)の激しい闘争があった。拙著では、朝鮮半島に動員されて「戦死」した別府の日本人労働者のことを詳述した。その際、全国的な事件として「吹田事件」に言及し、札幌の白鳥警部射殺事件(共産党員によるテロ)も調べて、記述した。

 さらに地元紙の大分合同新聞を調べて、驚いた。朝鮮戦争当時、大分県内にも数多くの北朝鮮スパイが潜入し、摘発された事件があったのだ。極めつけは耶馬渓で知られる下毛郡下郷村(現在の中津市)元役場書記が、4人の密航者に偽の外国人登録証を発行していた事件だ(1951年3月25日付け記事)。韓国慶尚北道慶州地区の労働委員長だった男が密航スパイ事件の主犯である。

 私は1973年に毎日新聞に入社した。

 山口支局―佐世保支局―西部本社報道部(小倉)を経て、1986年に東京本社外信部に転勤した。九州・山口の事情には詳しいつもりだったが、朝鮮戦争当時の九州には無知であることを思い知らされたのである。

 しかし、毎日新聞の先輩たちは素晴らしい仕事を残していた。

 西部本社の各県版で連載された『激動二十年』(1965)である。大分版には戦後の同県内で起きた朝鮮民族間抗争に関する詳しい記事があり、福岡版には小倉の米兵死体処理場の記事や、日本人「参戦者」へのインタビュー記事も載っていた。1950年10月12日付けの毎日新聞(全国版)は、「韓国義勇軍/悲願の猛訓練/“北鮮軍撃滅”に燃ゆ」との見出しで、大分県日出生台演習場でのルポ記事を掲載していた。これらも併せて拙著では引用し、紹介した。

 朝鮮戦争は古くて新しいテーマである。

 北朝鮮や在日朝鮮人学校では、史実とは真逆の「北侵説」を教えている。韓国では、いつ朝鮮戦争が始まったかも知らない世代が増えた。対北融和政策の背景にある。最近の朝日新聞には、相変わらず「朝鮮戦争の勃発」という曖昧表現が登場した。NHK報道のように「北朝鮮の南侵によって始まった朝鮮戦争」と表記するのが的確である。毎日新聞も日本人参戦の事実を報じたが、昨年夏のNHKドキュメンタリーの域を出ない後追い報道だった。
一連の朝鮮戦争70周年報道には、北朝鮮スパイの浸透が当時の暴力闘争の背景にあり、その後の在日朝鮮人帰還(北送)運動のテコであり、日本人拉致の固定装置(土台)であったとの観点は見られない。歴史の総合的検証としてはまことに不十分である。

 なぜ、地域の戦後史が重要なのか。

 外交史、政治経済史に偏重した東京中心の戦後史では、「個々の住民が体験した戦後」が見えないからだ。その一方、行政史中心の地域戦後史では、「大日本帝国」時代とその後の東アジア規模での人間の大移動が見えない。

 朝鮮戦争は「戦後史の穴」であり、現在に続く「戦後のトリック」を生み出した。

 (鹿児島生まれ―大阪大学)―山口支局―佐世保支局―小倉報道部―ソウル支局―東京本社(―ソウル―大分―東京在住)。そういう私の軌跡は「朝鮮戦争と日本」を描くのにふさわしいと自認しても良いだろう。「吹田事件」も新たな観点から書き直すことになるかもしれない。

(元ソウル支局長・論説委員 下川正晴)

【近著】『忘却の引揚史―泉靖一と二日市保養所』(弦書房、2017)、『日本統治下の朝鮮シネマ群像~戦争と近代の同時代史』(弦書房、2019)、『占領と引揚の肖像BEPPU1945-1956』(弦書房、2020)、『ポン・ジュノ 韓国映画の怪物』(毎日新聞出版、2020年6月)、『私のコリア報道』(Kindle版)

2020年7月6日

藤原健著『終わりなき<いくさ> 沖縄戦を心に刻む』

 7月4日付毎日新聞朝刊「今週の本欄」で紹介された。

 筆者は、1950年岡山県生まれ。74年毎日新聞入社。大阪本社社会部長→同本社編集局長→スポニチ常務→2016年妻の古里沖縄に移住。沖縄大学大学院入学(現代沖縄研究科沖縄・東アジア地域専攻)。琉球新報客員編集委員。

 2018年12月に琉球新報社から『マブイの新聞―「沖縄戦新聞」沖縄戦の記憶と継承ジャーナリズム』を発刊している。

 75回目の沖縄慰霊の日。女子高校生は「平和の詩」の中で、凄惨(せいさん)な地上戦を奇跡的に生き延びて命をつないでくれた「あの時」の「あなた」に感謝し、平和の尊さを訴えた。一方、ある教員団体の調査では「沖縄戦を語る家族や親族がいない」と回答した高校生が今年半数を超えた。継承の重みは年々増している。

 琉球新報客員編集委員を務める著者が連載コラムを軸にし、沖縄戦をどう心に刻み、いかに語り継ぐかを徹底して考え抜く。ゆがんだ歴史修正主義の陰がちらつく中で、苦い過去から得た「民衆知」にこそ真実があるとし、体験者の声に耳を傾け、戦跡を訪ね、記憶を継承する若い記者や教員、子どもたちに希望を託す。

 著者は本土の新聞社を退職後、66歳で沖縄に移住。大学院で学び、沖縄の歴史と現実に自分ごととして関わり直したという。住民の意思を無視し、「国の都合と論理」で米軍基地の移設工事が続く現状に「終わりなき<いくさ>の影が沖縄から消えることはない」と指摘。「気の毒だが、仕方ない」と基地負担を容認する国民の思考放棄の責任にも触れる。沖縄が抱え続ける痛みとどう向き合うのか。誰もが自問させられる。

 (琉球新報社・2200円)

(鵜)

2020年6月19日

75歳の記念に、俳句とコラム『無償の愛をつぶやく Ⅲ』




 私の誕生日は1945年6月19日で、この本のコラムでも触れていますが、アウンサンスーチーさんと同じ日です。日本新聞インキをリタイアした3年前に『無償の愛 Ⅱ』を、そのまた3年前、まだ毎日新聞監査役だった2014年に『無償の愛 Ⅰ』を自費出版し、これが3冊目です。

 いずれも俳句とコラムを合体させたもので、今回は2018年元日から河彦名のツィッターで毎日1句、WEBに掲載してきたものを中心に、1106句を収容しています。ツィッターは140字の制限があり、この範囲内で、俳句の説明というか、日記のような記録を付け加えています。

 コラムは合計30本で、ハワイ・ホノルルで発行されている日本語新聞「日刊サン」に掲載されたものが22本です。1回2,000字以内、昨年6月から月2回、寄稿していましたが、現在は月1回になっています。それというのも、ハワイもコロナ禍に直撃され、一時は日本からの観光客がゼロになるなど非常事態となって、新聞広告のクライアントも激減、4月から週に2回の発行となったためです。

 コラムはほかに、木戸湊・元主筆が発案して6年前から発行している季刊同人誌『人生八聲』に寄稿したものや、日本記者クラブ会報に掲載してもらった「書いた話 書かなかった話」なども収録しました。新聞記者リタイア後も、書くことにこだわり、楽しませてもらっている日常の報告です。

 無償の愛と ビールの泡に つぶやいて

 元スポニチ社長(元社会部長)、牧内節男さんがWEB上で展開している「銀座一丁目新聞」の銀座俳句道場で褒めていただいた拙句をタイトルに使っています。俳句の出来は、自慢できるレベルではありませんが、俳句を意識することで、人間の心の機微や自然の移り変わりに敏感になったと実感しています。題字は書道クラブの一員としてはお恥ずかしいのですが、自分の筆によるものです。

 後期高齢者の仲間入りをした後も、気分は若くしなやかに、と心がけています。興味がありましたら、この本を手に取っていただき、今後ともお付き合いを、とお願いする次第です。

 ご希望の方には、残部の範囲内で、1部1,000円(送料込み)でお送りします。

  までご連絡ください。

(高尾 義彦)

2020年6月16日

『汚れた桜—「桜を見る会」疑惑に迫った49日』遅まきながら新刊紹介

 毎日新聞出版のHPの惹句にこうある。

 明細書のない前夜祭、黒い友達関係、消された招待者名簿...... 一連の「桜を見る会」疑惑を追った記者たちの記録。

 著者は、毎日新聞「桜を見る会」取材班。政治部、社会部の混成チームかと思ったら、全然違った。

 東京本社編集編成局(かつての編集局)統合デジタル取材センター(2017年4月新設)の江畑佳明、大場伸也、吉井理記の3記者によって2019 年11 月11 日に発足したチームとある。その3日前、11 月8日の参院予算委員会で田村智子議員(共産)がこの問題を初めて取り上げ、「SNS で大きな反響を呼んだことがきっかけだった」と取材チーム発足の経緯を説明している。

 記事の掲載は、毎日新聞本紙ではなく、毎日新聞ニュースサイトである。本紙の紙面では記事のスペースが限定されるが、こちらは国会審議の詳細や、安倍首相の記者会見の模様も裏話を含めて記事のボリュームに制限がない。安倍晋三事務所が出した『桜を見る会』の案内、参加申し込み書、前夜祭・桜を見る会の当日の日程の入ったツアー案などなど、データがそのままアップされる。むろん写真もである。

 「はじめに」にこうある。

 ――本書は世の中を揺るがしたスクープの回顧録ではない。生々しい政界の裏話でもない。ただ、SNSを通じて届く人々の声を背に、桜を見る会で何が起きたのか、そもそも何が問題なのかを、問題が発覚してから2019年最後の野党による政府(注:内閣府)ヒアリング(12月26日)までの49日間、できるだけ分かりやすく伝えようとしてきた記者たちの記録である。

 そして、記者の動きを追っていただくことで、日々SNSに流れてくる断片的なニュースにどういう意味があるのか、理解を深めていただくための書である。2月1日に初版、桜の咲くころには、あっという間に4刷りを記録した。

 執筆者の履歴が載っている。

 江畑佳明。75年寝屋川市生まれ。同志社大大学院修了後、99年入社。山形・千葉支局→大阪社会部→東京社会部→夕刊編集部→秋田支局次長→2018年現職。

 大場伸也。73年横浜市生まれ。早稲田大学大学院修了後、2000年入社。船橋・千葉支局→政治部→東京経済部→長崎支局→西部本社小倉報道部→現職。

 吉井理記。75年東京生まれ。法政大学卒、99年西日本新聞→2004年入社。宇都宮支局→東京社会部→北海道報道部→夕刊編集部→19年現職。

 デスクの日下部聡。筑波大学卒、1993年入社。浦和(現さいたま)支局→サンデー毎日編集部→東京社会部→2018年統合デジタル取材センター副部長。16~17ロイタージャーナリズム研究所客員研究員。著書に『武器としての情報公開』(ちくま新書)。

 中年記者たちの躍動ぶりを味読してください。
 定価:1,200円+税、毎日新聞出版
 ISBN:978-4-620-32619-1

(堤  哲)

2020年6月5日

毎日新聞取材班著『公文書危機 闇に葬られた記録』

 HPによる内容紹介——。

 国がどのように物ごとを決めたのか、政府の政策決定の過程がまったく検証できなくなっている。「森友・加計学園」「桜を見る会」、そして検察庁法改正案……これらに共通して見られるのは、政権による公文書の軽視だ。

 省庁は、表に出せない公文書を請求されると、「私的な文書」にすり替え、捨ててしまう。あるいは捨てたことにする。重要なやりとりをメールで行い、「メールは電話で話すのと同じ」と言って公文書にしない。公開対象の公文書ファイルのタイトルをわざとぼかし、その中身を知られないようにもしていた。

 きわめつきは、官僚にメモすら取らせない、首相や大臣の徹底的な情報統制だ。証拠を隠し、捨てるどころか、そもそも記録を残さないようにしていた。情報開示請求を重ね、官僚が重い口を開く。一歩ずつ真実に近づいてゆく、取材班の記録。

 取材班の代表者は、大場弘行記者。1975年生まれ。 2001年毎日新聞社入社。 阪神支局(兵庫県尼崎市)を振り出しに、 大阪社会部府警担当、 東京社会部検察庁担当、 週刊誌「サンデー毎日」編集部、 特別報道部などを経て、 現在東京社会部記者。 2017年に「公文書クライシス」取材班を発足、 中心的な役割を果たす。

 本書の元となった連載「公文書クライシス」は2019年、 優れたジャーナリズム活動に贈られる第19回「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞」(公共奉仕部門)大賞受賞。

 2020年6月 2日発売
 ISBN:978-4-620-32632-0
 1,500円+税、毎日新聞出版社

2020年5月26日

「夢に住む人 認知症夫婦のふたりごと」(木部克彦著)



 奈良支局や大阪本社整理部に在籍したことのある作家、木部克彦さんが新しい本「夢に住む人 認知症夫婦のふたりごと」を出版しました。2020年5月23日の毎日新聞の書評欄で紹介されました。認知症の両親と自分とのかかわりを書いています。そのことを木部さんが、フェイスブックに投稿しました。木部さんが毎日新聞を退社したのは、28年前だそうです。以下は、フェイスブックの要約です。

(文責・梶川 伸)

◇   ◇

 今日(2020年5月23日)の毎日新聞書評欄に、新刊本「夢に住む人 認知症夫婦のふたりごと」(言視舎)の書評が載りました。版元が毎日の東京本社に送ってくれたのでしょう。

 むろん、誰が書いてくれたのか知るよしもなし。ただ、本をきちんと読んでくれた事がよく分かる的確な書評でした。書いてくれた記者さん、心からお礼を言います。ありがとうございました。

 「縮刷版」という永久保存資料に今さら自分の名前が残るというのも、なんとなく複雑な気分ですなあ。そうそう、新聞の縮刷版って、まだ存在しているんだったっけか。

(=以上、大阪毎友会のHPから)

 木部さんは、1958年群馬県生まれ、1980~92年毎日新聞記者。出版社「あさを社」編集主幹、明和学園短大(前橋市)客員教授、群馬県文化審議会委員。食・料理・地域活性化論・社会福祉論・葬儀論等で取材・執筆。各地のお寺の精進料理研究を続け、「食による健康づくり」を実践。明和学園短大で人間学、地域文化論、食文化史を講義。

 単行本の企画から、自分史・回想録・エッセイ集・句集・歌集・写真集などの個人出版まで幅広く展開。企業オーナー・政治家をはじめ、多くの人たちの「聞き書き」による自分史・回想録を数多く手がけ、「自分史の達人」と評される。

2020年5月24日

瀬川至朗編著『ニュースは「真実」なのか』

 2019年春学期に開講した「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座の講義録である。「本書では、ジャーナリストの方々が多面的かつ徹底した調査・取材で得たファクト群について、それらにどのようにたどり着いたか、生々しい経験や手法が語られる」と、瀬川至朗早大政治経済学術院教授(元毎日新聞記者)が「はじめに」に書いている。

 トップバッターが、毎日新聞・遠藤大志記者(1985年生まれ)。2018年度の新聞協会賞を受賞した「旧優生保護法を問う」。仙台支局時代に「旧法の違憲性をめぐり宮城県の被害女性が史上初の国家賠償を起こす方針であることをスクープして以降、法律の問題点を世に問うキャンペーン報道を展開」した。

 他に「#Me Tooとジャーナリズム」(伊藤詩織)、「日産のカルロス・ゴーン転落劇の取材」(ハンス・グライメル)など。

 あとがきで瀬川さんは書いている。

 選考委員の吉岡忍さん(作家、日本ペンクラブ会長)は、贈呈式の講評において以下のように指摘している。

 いったいジャーナリズムにおける力作とは何でしょうか。

 今回の大賞、奨励賞の作品に共通していることは、記者や制作者自身が「知りたい」「理解したい」「わかりたい」と切実に思ったことをテーマにしている、ということです。そのテーマをしっかり保持しながら取材し、考え、また調べて、作品にしています。(中略)あくまで自分の関心に忠実に、脇目も振らず、まっすぐにテーマに突き進んでいく。これが力作を生む最初の条件です。

 もうひとつ、ジャーナリズムではしばしば「公正・公平・中立」が大事だ、と言われますが、少し乱暴な言い方をすれば、そんなことを言っているうちは取材や思考が足りない、ということです。記者や制作者がほんとうに知りたいと思ったことを取材し、調べ、そこで手にした事実に基づいて考えに考えていけば、だんだんにわかってくるのは究極の事実、これしかないという真実です。そこまでたどり着いたとき、力作が生まれる。

 優れたジャーナリズム作品の特質が、吉岡さんの言葉で端的に語られている。

 早稲田大学出版部、2019年12月刊、1,800円+税

(堤  哲)

2020年5月9日

古森義久著 『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』

 毎日新聞の先輩で産経新聞ワシントン駐在客員特派員・古森義久さん(79歳)から新著が届いた。

 テーマは新型コロナウイルス。相変わらず手が早い。

 書き出しは、《すべては武漢で始まった》。

 集団感染のプロセスを《まず東京で目撃、体験し、その後、まだ感染の圏外だったアメリカの首都ワシントンに移動した。すると、まもなくウイルスは超大国で燎原の火のように広がった》《アメリカで最初の感染者は、1月21日に西海岸のワシントン州で確認された30代のアメリカ人男性だった。仕事で武漢に滞在して、アメリカに戻ったところ、ウイルス感染が判明した》

 一方で中国は、《米軍が武漢にコロナウイルスを持ち込んだ》との情報を流す。2019年10月、武漢で行われた「世界軍人陸上競技大会」にアメリカの軍人170人が参加したからだ。

 感染源をめぐる米中戦争である。

 2020年5月ビジネス社刊、1,400円+税

(堤  哲)

2020年5月8日

原剛著『日本の「原風景」を読む――危機の時代に』

 早稲田環境塾(2008年発足)塾長の原剛さん(82歳、早稲田大学名誉教授、毎日新聞客員編集委員)が『日本の「原風景」を読む――危機の時代に』を出版した。

 海、山、川、野鳥、里山……日本各地の「原風景」を訪ね、価値観の根源を問い直す!

 原さん自らの本の紹介――《「原風景」とは人が挫折した時、そこへ戻って反撃し、立ち直っていく精神的な空間を意味します。

 本書の帯に記された「第4の風景論」とは志賀重昂『日本風景論』、小島鳥水『日本山水論』、上原敬二『日本風景論』を意識したものです。

 それぞれ日清、日露、太平洋戦争時に出版されて国家意識を高め、ベストセラーになりました。これらの風景はいわば戦争文学でした。第4の風景論は早稲田環境塾が指向する自然、人間、文化からなる環境三要素を統合、文化としての「環境日本学」の実体を現場から模索する試みです。この場合、「文化」とは内発的な共感を意味します。

 本書は、私が毎日新聞朝刊に10年間にわたり連載した「新 日本の風景」を「原風景」に焦点を絞り込んで書き改めたものです。ご一読いただけましたら幸いです》

 四六並製 328ページ・カラー口絵8ページ(写真は写真家・佐藤充男氏)
 藤原書店2020年4月刊
 定価 2,700円+税=2,970円

 原さんに申し込むと、著者割引きで購入できる。

 送料とも1冊2,556円、2冊5,122円。

 注文は直接原さんへ(メールアドレス:

 併せて同じ藤原書店発刊の早稲田環境塾(原剛塾長)編
 『高畠学』=2011年5月刊、2,750円(税込)、
 『京都環境学[宗教性とエコロジー]』=2013年3月刊、2,200円(税込)

 の購入も呼びかけている。

(堤  哲)

2020年5月2日

僚友・佐藤哲朗が渾身の一冊を刊行した

 渾身の一冊は『スパイ 関三次郎事件 戦後最北端謀略戦』(河出書房新社、2,500円+税)。帯に「戦後混乱期の宗谷海峡。ソ連の密入国工作員として裁かれた関三次郎は、実はアメリカのCICのスパイであった。死の直前の関が、身を捨てて真相を告発。日米謀略の深層、そして樺太と北海道をつらぬく巨大な闇がここに暴露される」とあり、いささか誇大ながら、一言で紹介すれば、こうなる。読んで損のない面白い本であること間違いない。

 佐藤哲朗は旧・樺太で生まれ、旭川(北海道)で育った。中学校の社会見学で旭川地裁に行き、関三次郎の公判に出くわした。オジロワシのような目が少年の目に焼き付いた。長じて毎日新聞に入り、司法を担当。飛躍を期した1972年の正月早々、関三次郎を有罪に追い込んだ検事と公開の宴で盃を交した。

 検事は検事正になっていて、往年を振り返る。「この事件(関三次郎の事件)には証拠というものが何一つなかった。頼りは本人の供述だけ」と漏らす。これを聞き漏らすわけがない。検事の裏は弁護士で、と、探しあてた。その一人は老弁護士となっていたが、よくぞ来たとばかりに迎えられ、出端で意気投合した。帰り際には「あんた、やるなら持っていけ」と大ダンボールいっぱいの資料を託された。

 中は、ぎゆう詰め。裁判記録をはじめ、ほぼ全ての調書(写し)、当事者、関係者の「証言」がひしめいていた。即むさぼり読んだ、と言えば恰好つくが、そうもいかない。その頃は夕刊、朝刊に追いまくられ、その合間をどう割くか。それに、お宝の壺だとわかっていても、世にいう、釣り上げた魚で締切もない。

 だが、読み進むにつれ、身震いがくる。裁判はどうしようもない生煮えだ。裁判官はお国の検察の意を受けたのだろう、有罪ありきの結審(判決)だけを急ぎ、関三次郎の弁護士は事実関係を棚上げして情状論のみに終始、共犯とされるソ連人被告は起訴状を全面否認したものの、有罪(執行猶予)には服した。ソ連当局が身柄の本国送還を優先したためで、闇から出た事件は、そのまま闇へと戻された。

 ダンボール弁護士は、このソ連人被告担当で、生煮え症候群による消化不良を起こしたのだろう。真実究明の弁護士本能が、一件資料を捨てるに捨てられず、ダンボールを残し続けてきたに違いない。ま、中だるみの話は割愛しておこう。ダンボールの存在は、それ自体が結果としていい自己圧力になった。

 初動後の弛みは、足で超えた。ダンボールによって、事件の全体像が見え、闇に踏み込む切り口も見えている。だが、検事述解のように、物的証拠は全くない。「証言」も裏付けとなると霧中に入る。ならば愚直に踏み込むよりない。佐藤哲朗は、そう覚悟した。

 ダンボールに眠る関係者の全員を起こし、直接会って話を聞く。愚直にできるのは、これだ。「はしがき」で、「取材した関係者は数百人を超え、走行距離は延べ四万キロに及ぶ」と書いているが、これ、それほど誇張はない。本著冒頭3ページにわたって「主な登場人物」80人余を実名で挙げているのが、その証だ。

 実名というのが、凄い。既に死亡していたひとや国外に出て消息のとれなかったひとを除き、少しでも影あれば探し出し、足を運んでいる。当の関三次郎には都合6度会った。中には「本当のことを言うが、生きてる間はばらさんでくれ」というひとも、1人、2人ではなかった。着手から刊行まで48年を要した一半の理由は、ここにもある。

 書きに入ったのは、後期高齢、75を過ぎてから。事実を究め、集めるのも大変だが、書き上げも大変だ。若きのように、馬力で書けとは参らない。歳の功が読み手にわかるように書け、といっている。取材不足も次々痛感、さりとて故人から再度聞けるわけもない。不足は他人の成果から補えと、読んだ本は記憶にあるだけで66冊に及んだ。

 前後して、肺を切り、心臓に管を足し、前立腺を取った。医者の不養生の類で、ずいぶんとひとの命の手助けをしてきた佐藤哲朗だが、己の手当に抜かりがあった。折からあべ一強は一強を重ねている。負けて堪るか。書き上げなければ、48年が無と同じになる、なによりダンボールに申し訳がたたない。愚直にかえって加速へ踏み込んだ。

 書き上げて、買い手がつくまでの1年有半もしんどかった。だが、48年、振り返りみれば、愚直には必ず助っ人がつくもんだ。「あとがき」末尾で吐露の感謝に誇張はない。

 あとは、――直接、本書にあたっていただきたい。直接、本屋に足を運び、手に取っていただき、はたして「帯」のとおりか否か、確認願えれば、著者、望外となる。

(おおすみひろんど)

2020年4月29日

続『プリンストン大学で文学/政治を語る バルガス=リョサ特別講義』

 同志社大学グローバル地域学部准教授・立林良一さんが翻訳した『プリンストン大学で文学/政治を語る バルガス=リョサ特別講義』を新刊紹介(2020年2月9日)で掲載した。

 立林さんからお礼の手紙が届いた。朝日新聞に掲載された作家いとうせいこう氏の書評と、「折々のことば」にバルガス=リョサの言葉が紹介されたとコピーが同封してあった。

 いとうせいこう氏は《「民主主義は不完全な仕組みですが(略)最も人間的なもの」「社会が権力の濫用に対して持つ唯一の防御手段は表現の自由です」といった言葉が実に重い》と書いている(2020年1月18日付)。

 毎日新聞の現役でもOBでもない立林さんの訳本を紹介したのは、立林さんが元くり読(Teen's Spaceをう たった週刊紙「くりくり」の読者)だったからだ(詳細は2月9日欄)。

 手紙にこうあった。《大学(東京外語大学スペイン語科)で岩波文庫の『ドン・キホーテ』の翻訳を手掛けられた牛島信明先生という方に出会ったことでスペイン語圏(特にラテンアメリカ)の文学に興味を持ち、大学院に進学してスペイン語教師を目指すことになりました。最初の6年間を福岡大学で過した後、同志社に転任してまる28年になります》

 《7年前にグローバル地域文化学部が設立され、そこに移籍して今は学部生向けのラテンアメリカの文化や社会についての講義や新入生ゼミも担当しております》

 そして最後に《同志社でも今学期は教室での授業を一切行わないことになったため、今はゴールデンウィーク明けに本格的に始まるオンライン授業の準備に追われています。この年齢になって(注・1959年生まれだから、ことし61歳)今風なハイテク対応を迫られることになろうとは、まったく想定外でした》。

 マリオ・バルガス=リョサ氏は、2010年のノーベル文学賞受賞者。ペルー生まれの83歳。フジモリ大統領が当選した大統領選に出馬して敗れている。

 定価3,300円(税込み)河出書房新社刊

(堤  哲)

2020年4月23日

『検察官になるには』――元司法記者、飯島一孝さんが出版

 息子さんや娘さん、あるいはお孫さんにお勧めしたい一冊が、出版された。

 現役の検事たちのインタビューを導入部に、最高検察庁から高検、地検、そして区検察庁まで、検察官や検察事務官がどんな仕事をしているか、分かりやすく解説し、いかついイメージの世界への入門編となっている。「司法」に興味を持っている人や、進路に迷っている若者にとって、一読する価値がある。ぺりかん社の「なるにはBooks」シリーズとして出版された(本体1,500円+税)。

 

 「正義の心で捜査する!」「検察官の世界」などの章に分かれ、検察の歴史をはじめ、最近ではデジタル技術を駆使した捜査が重要になっていることや、裁判員裁判が10年前に導入されて、捜査手法や公判での立証方法に変化が生じていることなど、「進化する検察」の素顔も、現場の生の声で報告されている。昔に比べて女性の進出も目立ち、検察官の総数に占める割合は2018年3月末で24.6%、482人になり、地検検事正50人のうち女性は6人を数える(2018年9月)。

 飯島さんと言えば、モスクワ特派員としての仕事が印象に残り、退社後もその分野を専門として大学に籍を置いてきたが、それ以前に、社会部司法記者クラブに所属していた時代がある。「1年以上かかって取材、執筆しました。司法記者の経験が役にたったようです」と振り返る。

 政治の世界では、東京高検検事長の定年延長など安倍政権の恣意的な法律解釈で、検察の中立性に疑問が投げかけられている。飯島さんの著書に登場する検事たちは社会正義の実現を目指し、独立して真実解明に全力をあげる心意気にあふれる。健全な検察を取り戻すためにも、編集に最高検察庁も協力しているこの一冊を役立ててほしい。

(高尾 義彦)

2020年4月10日

『ハルビン学院の人びとー百年目の回顧』飯島一孝さんが群像社から出版!

――飯島一孝ブログ「ゆうらしあ!」から転載

 日露戦争後、旧満州のハルビンに設立されたロシア専門家養成の学校「ハルビン学院」は今年、創立百年を迎えます。ロシアとの共存の道を探ろうと設立した満鉄初代総裁、後藤新平の願いとは裏腹に、日中戦争、第二次大戦に巻き込まれ、終戦と同時にわずか25年で閉校となりました。そんな激動のただ中で、卒業生1,514人はいかに学び、戦後の混乱期を生き延びたのか。その軌跡をわずかな生存者を探してインタビューしてまとめたのがこの本です。

 私は1991年のソ連崩壊前後に、モスクワで毎日新聞特派員として6年間駐在し、社会主義の盟主が倒れるのを目撃しました。日々の取材に追われる中、旧ソ連で活躍したハルビン学院卒の先輩たちの話を聞く度に、彼らの活躍の原動力は何だろうかと気になっていました。モスクワ駐在を終えて帰国後、ハルビン学院24期の麻田平蔵さんを取材した縁で、毎年4月に東京・八王子の高尾霊園で行われているハルビン学院記念碑祭に出席するようになりました。そこで知り合った学院同窓生たちの話は、波乱万丈で興味を引くことばかりでした。いつかこうした話をまとめられないだろうかと考えていました。

 そんな時、ユーラシア文庫を出版している「ユーラシア研究所ユーラシア文庫編集委員会」の方に後押しされ、本格的に取材を始めました。ただ、卒業生で生存している人は全体の5%ほどで、しかも取材に応じていただけそうな元気な方は10人前後という状況でした。それでも、同窓会の事務などを担当されているハルビン学院連絡所の方々から連絡先を伺い、取材をお願いする手紙を出して返事を待ちました。そしてようやく数人の方にお会いして話を聞くことができました。なぜもっと早く取材をしなかったのか、と何度悔やんだかしれませんでした。

 取材を通じて、終戦直後の国民の反ソ感情と、GHQの有形無形の圧力を跳ね返し生き抜いてきた知恵と勇気に感服しました。こうした先輩たちのおかげで、われわれロシア研究者のはしくれも何とかやってこれたのではないかと感謝したい気持ちでいっぱいです。こんなご時世ですから、じっくり読書とはいかないかもしれませんが、逆にこういう時だからこそ、先人の生きてきた道をたどり、今後の生き方の参考になればありがたい限りです。

 なお、この本は900円(税別)で書店で販売中です。入手しにくい場合は群像社ホームページ(http://gunzosha.com)から購入できます。

自己紹介
毎日新聞社でモスクワ特派員、外信部編集委員を経て08年秋、定年退職。その後、東京外国語大学、上智大学などで講師を務めた。著書に「新生ロシアの素顔」「ロシアのマスメディアと権力」「六本木の赤ひげ」など。

2020年3月30日

元気な全共闘世代! 毎日新聞OBは?

 700ページを超える『続・全共闘白書』(情況出版、3500円+税)を編集した元東大全共闘の前田和男さん(72歳)が3月19日付毎日新聞「ひと」欄で紹介された。

 1994年の『全共闘白書』(新潮社)の続編。あれから半世紀、かつての活動家にアンケート調査した結果をまとめたものだ。回答者は全国120超の大学・高校での学園闘争体験者計467人。匿名でも掲載不許可を除く451通が掲載された。

 獄中から重信房子、和光晴生が応じている。

①運動には「活動家として参加」②参加理由「自らの信念で」③参加したことを「誇りに思っている」④あの時代に戻れたらまた参加するか「する」⑤革命を「信じていた」……質問は75項目にわたる。この回答は前田さんのを引用した。

 前田さんは編集プロダクションを経営し、私もいくつかの企画で一緒に仕事をしてもらったことがある。路上観察学会の事務局をつとめ、著作には資生堂『MG5物語』、アシックスのペダーラを追った『足元の革命』、『男はなぜ化粧をしたがるのか』や、『選挙参謀 三ヵ月で代議士になれる!』『民主党政権への伏流』など。翻訳本もいくつも出している。

 それはさておき当然、毎日新聞記者OBもいるはずと思って、探してみた。

 匿名で元新聞記者がいた。定期購読紙誌に「毎日新聞」とあったので、多分……。

 その回答。1948年生まれ、68年早大入学。無職(元新聞記者)

⑤革命を「信じていなかった」⑥社会主義の有効性「失った」⑦運動は人生を「変えなかった」⑧思い出に残る闘争「学園闘争(早稲田大学)」⑨運動から離れたのは「内ゲバ(党派闘争)、暴力闘争辞退⑩運動は人生に「役立っている(生涯を通しての友人・先輩ができた)……(75)最後にこれだけは言いたい「東大・安田講堂で機動隊導入の前夜、日和ったトラウマを、早大闘争で革マル突入(実際にはなかったが)前夜、校舎内で耐えたことで克服した。以来、人生ってリターンマッチがあることを学んだ。挫折の後には、また夜明けがあることを若い人に知ってほしい」

 アンケート結果。③参加したことをどう思うか「誇りに思っている」310名(69.5%)。25年前の296名(56.3%)より増えている。
④あの時代に戻れたらまた参加するか「参加する」299名(67.0%)。これも25年前の291名(55.3%)を上回っている。

 元気な全共闘世代である。《「連帯を求めて孤立を恐れず」という全共闘の名文句は、今も生きているのです》と前田さんはいっている。

(堤  哲)

2020年3月14日

元毎日新聞、現産経新聞ワシントン客員駐在員古森義久氏の新刊

 毎日新聞63年入社、1年先輩の古森義久さんから『米中激突と日本の針路』が送られて来た。

 本文の最初に、古森さんは1998年から2000年まで産経新聞の初代中国総局長として北京に駐在したと書いているが、1998年8月、毎日新聞論説委員OBらの「北京・上海マスメディア調査団」(団長鳥井守幸、副団長天野勝文、秘書長澁澤重和)は北京で古森さんと旧交を温めた。私も調査団に加えてもらい、北京では「人民日報」や「北京青年報」の編集局長らにインタビューした。

 古森さんは静岡支局振り出しで、社会部では警視庁も担当。その後外信部でサイゴン・ワシントン特派員を務めた。産経新聞に移って、励ます会でこう話したことを覚えている。

 「原稿を書く、マス目を埋める作業は、毎日新聞時代も、産経に移っても全く変わらない。新聞記者ほど移籍の自由な職種はないのではないか」

 共著者の矢板明夫氏は、中国生まれで中国育ち。松下政経塾出身で、古森さんが中国総局長のとき、中国語のできない古森さんを助けた。その後、産経新聞に入社、2007年から10年間北京特派員を務め、現外信部デスク。

 第1章は「新型コロナウイルスの恐怖」。武漢で最初の感染症者が確認されたのが2019年12月8日。それがどうして世界中に蔓延してしまったのか。40ページにわたって、そのドキュメントを綴っている。

 海竜社2020年3月刊、1600円+税

(堤  哲)

2020年2月24日

元社会部宮内庁担当、森暢平成城大教授の『近代皇室の社会史』

 著者の森教授は、1964(昭和39)年埼玉県生まれ。京都大学文学部を卒業して1990年毎日新聞社に入社、社会部で宮内庁、警視庁を担当。98年退社して国際大学大学院。修了後に渡米し、CNN日本語サイト編集長、琉球新報ワシントン駐在記者。2005年、40歳で成城大学へ。文芸学部マス・コミュニケーション学科担当だ。

 皇室ものでは、『天皇家の財布』(新潮新書)を刊行しているが、吉川弘文館HPにある内容紹介は――。 側室制や乳人制度など伝統的な婚姻・子育ての形を色濃く残していた皇室が、なぜ「近代家族」化の道を辿ることになったのか。一夫一婦制への転換、「御手許」養育の変遷、恋愛結婚の実態など、明治中期から戦後を対象とし、皇室内部の史料と新聞雑誌メディアをもとに検討。大衆化する社会情勢と連関させて考察し、時代に順応していく皇室の姿に迫る。

 2020年1月31日刊、A5判 390ページ 、定価 9,000円+税

(堤  哲)

2020年2月9日

元くり読・立林良一訳『プリンストン大学で文学/政治を語る バルガス=リョサ特別講義』

 終活で資料を整理していたら、「くりくり」時代の読者からの手紙が出てきた。創刊2年目の夏休みにアメリカ西海岸へ1週間ほどのホームステイを中3から大学1年までの20人ほどの読者とともに体験した。

 その同行記を「くりくり」に掲載したら、「私もWatsonvilleに留学していました」という手紙が届いたのだ。

 差出人を検索すると、ノーベル文学賞を受賞したマリオ・バルガス=リョサ氏の翻訳本を昨年11月に出版していた。

 立林良一さん。訳者の紹介に、1959年生まれ。同志社大学准教授。ラテンアメリカ文学・文化研究。共著に『ヨーロッパ・アメリカ文学案内』など、とある。

 くり読(Teen's Spaceをうたった週刊紙「くりくり」の読者)も還暦を迎えていた。

 ワトソンビルは、米サンフランシスコの南100㌔ほど、西海岸沿いの田舎町である。

 立林さんは、同志社大学グローバル地域文化学部のHPに《今からかれこれ35年ほど昔、高校生のときに交換留学生として1年を過ごした米国、カリフォルニア州の小さな町は、人口の半分がメキシコ系で、通った学校では英語以上にスペイン語が飛び交っていました。自分が漠然と抱いていたアメリカという国のイメージとは全然違う雰囲気に最初は戸惑いもありましたし、ラテン系の人たちのメンタリティにもなかなか馴染めませんでしたが、そうした違和感の正体を見極めたいという思いから、大学ではスペイン語を専攻することに決めました。いずれスペイン語を武器に、海外で活躍できるような仕事に就きたいと考えていました》と書き込んでいる。

 さて、肝心の本の内容――。

 河出書房新社のHPには、《キューバ革命、ペルー大統領選、ドミニカの独裁政治、シャルリ・エブドのテロなど、ノーベル賞作家が自らの足跡も交えて政治・暴力と文学の密接な関係を語り尽くす、刺激に満ちた講義録》とある。

 マリオ・バルガス=リョサ氏は、2010年のノーベル文学賞受賞者。ペルー生まれの83歳。フジモリ大統領が当選した大統領選に出馬して敗れている。

 定価3,300円(税込み)河出書房新社刊

(堤  哲)

2020年2月3日

青野由利著『ゲノム編集の光と闇』

 元TBS記者で、ソ連の宇宙ステーションから実況中継をした秋山豊寛さん(77歳)が、月刊紙「健康と良い友だち」2月号のコラム「終活の合間の読書」で紹介していた。

 《ここ数年のニュースの中で私の想像力を最も刺激したのは、人類の遺伝子の中には古代型人類と呼ばれているネアンデルタール人の遺伝子も入っており、日本人も例外でないという話です》

 《現代の遺伝子分析技術は、そこまで進んでいるのかと、生命科学分野での技術展開の速さに驚くと同時に不安も強くなりました》

 《そこで本屋さんで関係する本を同時に何冊か買い込んで、この暮れと新年を楽しんだ次第。その数冊の中で一番バランスが取れていると思われる一冊が今回取り上げた本》というのだ。

 青野由利さんは、毎日新聞朝刊2面で毎週土曜日コラム「土記」の筆者。

 ちくま書房のHPでは、こう紹介している。

 科学ジャーナリスト、毎日新聞社論説室専門編集委員。東京生まれ。東京大学薬学部卒業後、毎日新聞社に入社。医学、生命科学、天文学、宇宙開発、火山などの科学分野を担当。1988−89年フルブライト客員研究員(マサチューセッツ工科大学・ナイト・サイエンス・ジャーナリズム・フェロー)、97年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(広域科学専攻)、99−2000年ロイター・フェロー(オックスフォード大学グリーンカレッジ)。

 著書に『宇宙はこう考えられている』『ニュートリノって何?』『生命科学の冒険』(ちくまプリマー新書)、2010年科学ジャーナリスト賞を受賞した『インフルエンザは征圧できるのか』(新潮社)、『ノーベル賞科学者のアタマの中──物質・生命・意識研究まで』(築地書館)、『遺伝子問題とはなにか──ヒトゲノム計画から人間を問い直す』(新曜社)等。

 ちくま新書 880円+税

(堤  哲)

2020年1月17日

社会部OB・滑志田隆著『埋もれた波濤』

 1983(昭和58)年9月1日、旧ソ連領空で起きた大韓航空機撃墜事件。社会部1年生の筆者が取材で得た事実をもとに書き上げた。

 その日のデスク番だった先輩記者、原剛早大名誉教授は「これは文学作品ではあるが現代ジャーナリズムの位置に関する真実の記録でもある」という。

 出版社のHPにある内容紹介——。1983年、北方の海上に消息を絶った大韓航空機。数多の無辜の命を奪ったのは、ソ連戦闘機が放ったミサイルだった。報道の最前線で国際政治の思惑と入り乱れる情報に翻弄される記者たちの奮闘と葛藤を描く表題作をはじめ、元新聞記者が体験した激動の昭和をリアルに紡ぐ4篇の小説集。

 滑志田氏は、1978(昭和59)年入社。2008年に退職したあと、統計数理研究所客員研究員、森林総合研究所監事。2015〜18年、内閣府・農林水産省・国土緑化推進機構各委員をつとめた。現在は、森林総研フェロー。日本山岳会、日本野鳥の会、山形文学会、日本記者クラブに所属。俳誌『杉』『西北の森』同人。

(論創社刊、2,000円+税)

(堤 哲)

2020年1月3日

野宮珠里著
『新芸とその時代—昭和のクラシックシーンはいかにして生まれたか』

 ——「新芸術家協会」という名前を記憶しているクラシックファンは今、どのくらいいるだろうか。通称「新芸」は、昭和のクラシック業界で一時期頂点に君臨していた音楽事務所である。1955(昭和30)年に西岡芳和が創設、60年代にかけて急成長し、70年代には他の音楽事務所より「頭一つ」抜きんでた存在として、国内外の一流アーティストの招へい、マネジメントを手がけていた。

 これは2016年10月に毎日新聞WEB版「クラシックナビ」で始まった連載《「新芸」とその時代》の書き出しである。以来2週に1回掲載で、丸3年分に加筆して出版された。

 筆者野宮珠里さんは、異色の学芸部記者だ。国立音大声楽科卒。教員、画廊勤務などを経て1990年入社。事業本部で日本音楽コンクールなどを担当、自ら企画・プロデュースした奈良・薬師寺の仏教儀礼「最勝会」の舞台上演は2003年度文化庁芸術祭賞大賞(音楽部門)を受賞している。その後記者として青森支局、京都支局を経て学芸記者となった。

 「新芸」創設者の西岡芳和(1922~2013年)に生前何回か会っていて、その時の取材メモから関係者を尋ね、「新芸」の活動の軌跡とクラシックが「熱かった」時代を振り返る。

(人文書院刊、定価3,300円(税込))

(堤 哲)

2019年11月27日

毎日新聞科学環境部取材班
『誰が科学を殺すのか―科学技術立国「崩壊」の衝撃』

 11月24日付毎日新聞「今週の本棚」で紹介された。

 ——「平成・失われた30年」をもたらした「科学研究力の失墜」はなぜ起こったのか?「選択と集中」という名の「新自由主義的政策」および「政治による介入」の真実、および疲弊した研究現場の実態、毎日新聞科学環境部が渾身のスクープ!

 本の帯に山極寿一・京都大学長が「日本の学術に輝きを取り戻す必読の書」とのメッセージを寄せている。

 これは毎日新聞出版社のHPにある惹句だが、以下は内容紹介である。

 ——かつて日本は「ものづくり」で高度経済成長を成し遂げ、米国に次ぐ世界第二の経済大国になった。しかし「ライジング・サン」「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われたころの輝きはもはやない。日本メーカーが力を失い、経済が傾くのと並行して、大学などの研究も衰退している。政府による近年のさまざまな「改革」の結果、研究現場は疲弊し、大学間の格差も広がった。どうしてこんなことになってしまったのか。それなのになぜ政府はまずます研究現場への締め付けを強めようとしているのか。そうした問題意識から、われわれの取材は始まった。(本文より)

 連載「幻の科学技術立国」は、2018年4月から19年5月にかけて4部構成で掲載された。取材班のメンバーは、西川拓(デスク)、須田桃子(キャップ)、阿部周一、酒造唯、伊藤奈々恵、斎藤有香、荒木涼子。

(人文書院刊、定価3,300円(税込))

(堤 哲)

2019年11月20日

奥武則著『黒岩涙香』(ミネルヴァ日本評伝選)

 副題は「断じて利の為には非ざるなり」。

 本の紹介にこうある。

 ——黒岩涙香(1962~1920)新聞記者、小説家。

 明治時代、大衆新聞『萬朝報』を創刊しスキャンダリズムや社会悪の糾弾で部数を伸ばした涙香は、「探偵小説の元祖」としても知られ、『巌窟王』『噫無情』などで人気を博した。権力におもねらず、いち早く「大衆」を見据えた「まむしの周六」の全体像を描き出す。

 毎日新聞1964年入社黒岩徹(79歳)の祖父。黒ちゃんは、ロンドン特派員が長く、サッチャー首相から記者会見で「とおる」と名指しされるほどで、2001年英国王より大英名誉勲章OBEを授与された。日本記者クラブ賞も受賞、現東洋英和女学院大名誉教授。

 私は、元読売新聞記者の作家三好徹『まむしの周六 万朝報物語』(黒岩涙香伝、中央公論社、1977年刊。のち文庫化)を読んだが、同期入社で駆出しの長野支局で一緒だった黒ちゃんの面白がりのセンスと反骨精神は、涙香から受け継いだと思っている。

 余談ながら第1回早慶戦(1903年)時の早大野球部のマネジャー弓館小鰐(芳夫)は卒業と同時に「萬朝報」の記者となり、その後「東京日日新聞」へ。キャプテンの橋戸頑鉄(信)も第1回早大アメリカ遠征後、再渡米したが夢破れて帰国、「萬朝報」の記者となっている。頑鉄は「東京日日新聞」の記者として、都市対抗野球大会を創設したことで知られる。

 涙香と、早大野球部の生みの親・安部磯雄は親しい関係にあった。第1回早慶戦を報じたのは「萬朝報」と、福沢諭吉が創刊した「時事新報」だけだった。

 著者奥武則氏(72歳)は、毎日新聞客員編集委員。前法政大学社会学部教授。都立新宿高→早大政経学部政治学科→1970年毎日新聞社入社。学芸部長→1面の「余録」筆者。

 著書に『論壇の戦後史 1945-1970』(平凡社新書、2007年刊)、『幕末明治新聞ことはじめ―ジャーナリズムをつくった人びと』(朝日新聞出版・朝日選書、2016年刊)『ジョン・レディ・ブラック――近代日本ジャーナリズムの先駆者』(岩波書店、2014年刊)などジャーナリズム史関係の著作多数。

(ミネルヴァ書房、税込4,180円)

(堤  哲)

2019年11月11日

堤哲編著『早慶戦全記録』が面白い、と銀座一丁目新聞

 94歳牧内節男さんの「銀座一丁目新聞」11月10日号、安全地帯は《『早慶戦全記録』―伝統2大学の熱すぎる戦いー出版される》。信濃太郎のペンネームで次のように紹介している。http://ginnews.whoselab.com/191110/safe.htm

 ―—今年の秋の6大学野球大会・早慶戦は慶応が連勝すれば10戦全勝で昭和3年の秋以来91年ぶりの快挙という記録が期待されていた。ところが弱いチームが勝つというジンクス通リ早稲田が2勝1敗で勝ち、慶応は優勝したものの全勝優勝の夢が潰えた(慶応7-1早稲田、慶応4-6早稲田、慶応3-4早稲田)この結果、早稲田の242勝、慶応197勝、12引き分けの成績となった。堤哲編著『早慶戦全記録』(啓文社書房・令和元年11月30日初版発行)を見ると、昭和3年秋のリーグ戦で慶応が早稲田に2-0,4-0で連勝。10戦10勝の偉業を立てた。慶応は記念にブルー・レッド&ブルーのストッキングに白線を入れた。一方、早稲田は『若き血』に対抗できる歌を全校から募集、高等師範部3年住治男の『紺碧の空』が選ばれ21歳の古関裕而が作曲した。

 表紙の宣伝文句は記す。「早慶戦は国民的スポーツだーフレンドリー・ライバルは、野球部に限らず誰もが早慶戦にこだわりを持っていた。早慶両校の現役運動部学生・OB・関係者協力の下、戦災や諸事情で散逸した記録を収集。野球を始めとした40種目全ての早慶戦勝敗データを収録した画期的な一冊」という。

 「全種目の早慶戦の記録」がいいところだ。ちなみに早慶戦が6大学リーグ戦の最後に試合をするようになったのは橋戸頑鉄(野球部第2代キャプテン・都市対抗野球生みの親)の提案により昭和7年秋から実施され、一時中断があって昭和10年秋から固定した。

 安部磯雄(1865年-1942年・同志社大学卒)といえば社会主義者だが学生野球の父と言われる。早稲田大学野球の創設者で初代部長を務める(明治34年)。昭和34年他の8人とともに野球殿堂入りした安倍は『スポーツマンシップはフェアプレーの精神にある』と説いてやまなかった。今年100歳を迎えた早稲田OB大道信敏(旧姓中島)の健康法は毎朝富士に向かって「日本棒球の父安倍磯雄を称ふ」という漢詩を吟じることだという。

 大東亜戦争のさなか、学徒出陣壮行の早慶戦が行われてことを書かねばなるまい。昭和18年10月16日戸塚球場である。小泉信三塾長の発意で飛田穂州を介して早稲田野球部に申し込まれた。はじめ早稲田側は軍部、文部省に気兼ねして及び腰であった。試合は早稲田大学側の許可が降りぬまま実施された。小泉塾長は特別席への案内を断って学生と一緒に応援した。試合は早稲田の勝に終わったが慶応の学生たちは観客席の新聞紙を全部かごに収め始末した。当時出場した選手から早稲田川から近藤清、吉江一行、水谷利幸が戦死している。早稲田・慶応の野球選手の戦死者は早稲田34人、慶応20人に及ぶ。剣道の早慶戦は大正14年に始まる。戦後は占領軍の剣道禁止で復活したのは昭和30年である。戦前の最後の早慶戦は昭和18年6月1日、慶応の綱町道場で行われた。慶応が11-9で早稲田を破った。この時、10番目に出場した慶応の坂本充選手は海軍予備学生13期生として出征、昭和20年4月6日、神風特攻隊第一草薙隊(指揮官・高橋義郎中尉・海兵72期)の沖縄特攻に99式艦爆49機とともに参加、米軍の輸送船団に突入戦死した。社会党の浅沼稲次郎委員長(1960年10月12日日比谷公会堂で演説中に右翼の少年に刺殺される)が早稲田の相撲部員であったとは初めて知る。勝ち負けの記録も貴重だが各部のエピソードが面白い。吉永小百合が早稲田のラグビーファン。毎年「牛1頭」をラグビー部へ寄付している。吉永さん(昭和40年第二文学部西洋史学専修に入学)は毎年夏、広島の原爆の朗読会を開いているのに敬服する。

 早稲田のラグビー部の監督清宮克幸の話も興味深い。伝統を大切にしながら自分の思想を落とし込んいく「本我一体」の戦略・戦術を遂行して確実の結果を残した。何処へ行っても通用する人物だ。はしなくも大隈重信の言葉を思い出す。「人の元気を持続する方法は種々あるけれども身体の強壮を図るのが第一である」「まず体育を根本として人の人たる形体を完全にし,而して後道徳訓ふべく、知識導くべきのみ」

 その大隈は日本で最初に始球式を行った名誉を保持する。明治41年11月22日早大戸塚球場で行われた早大対米リーグ選抜「リーチ・オール・アメリカン」戦。球はあらぬ方向に転がったが打席の早稲田の一番バッター山脇正治はとっさに空振りをした。それ以来、始球式で打者が空振りをするのが礼儀となった。日本のスポーツは礼に始まり礼に終わるのである。良い本を読ませていただいてありがとう。

(本体1800円+税、啓文社書房刊)

(高尾 義彦)

2019年10月18日

岸俊光編集委員が内調もの2連発

 『核武装と知識人 内閣調査室でつくられた非核政策』(勁草書房)

 本の紹介には、日本の核政策はどのように作られたのか? その陰には内閣調査室の知られざる活動と、それに協力した知識人たちの苦悩があった、とある。 日本の核政策の背景にある内閣調査室の活動と、若泉敬、永井陽之助、高坂正堯らの協力の姿を内調元幹部の証言やジャーナリストの秘密資料を駆使して光を当てた。 岸論説委員はこの本で、早稲田大学の博士号を取得した。

 本体3,600円+税

 もう1点。志垣民郎著『内閣調査室秘録 戦後思想を動かした男』(文春新書)の編者。長年、内調に勤めた志垣民郎の詳細な記録と手記をまとめた。

 文春のHP——内調は本当に謀略機関だったのか!? 内調は戦後日本を親米反共国家にするための謀略機関だった――今も残る謎のヴェールをはがす、創設メンバーによる第一級の歴史史料!

 本体1,200円+税

 岸編集委員は、1961年愛媛県生まれ。早稲田大法学部卒。85年入社。中部本社などを経て東京学芸部で論壇記者。2009~10年米国ジョンズ・ホプキンス大学に客員研究員として所属し、日米「密約」問題を調査。学芸部長、論説委員などの後、編集委員。

(堤 哲)

2019年10月10日

出版しました
『生類憐みの令』の真実(仁科邦男著、草思社)

 著者の仁科邦男さんは、社会部記者から出版局長、毎日映画社社長などを歴任したが、こうした経歴よりも、いまや「犬」研究の第一人者として知られている。

 関係の著書は「犬の伊勢参り」(平凡社新書)、「犬たちの明治維新 ポチの誕生」(草思社)、「犬たちの江戸時代」(同)、「西郷隆盛はなぜ犬を連れているのか」(同)がすでに出版されており、NHKの番組「日本人のおなまえっ!」にも出演したことがある。「名もない犬たちが日本人の生活とどのように関わってきたか」。これが、仁科さんのライフワークのテーマとなっている。

 今回、新たに上梓した著書について、仁科さんは「生類憐みの令のことを調べようと思ったのは、大学の受験勉強中でした。その後、毎日新聞に入ってからも、気になって時折、調べていたのですが、結局、既存の歴史学者の研究に納得がいかず、自分で一から史料調べを始めました。30年くらい経てば、今の誤謬に満ちた教科書、辞書、辞典類の記述も少しは変るかな、と思ってこの本を書きました」とコメントしている。

 その調査ぶりは、巻末4ページにわたって、小さな活字で列挙されている参考図書、引用図書・雑誌一覧を見れば、よく分かる。国立国会図書館は言うに及ばず、「折りたく柴の記」(新井白石)など著名な文献だけでなく、「盛岡藩雑書」「南紀徳川史」など日本全国にちらばる史料を探し求め、こまめに検証してきた成果が、この本に込められている。

 戌年生まれの徳川第五代将軍綱吉が発布した「生類憐みの令」。その評価は、「悪法中の悪法」といわれた時代から、最近は見直しの動きが顕著になっているという。大まかに言えば、綱吉の治世が、動物愛護の精神に支えられ、人間を含め命の大切さを再認識させた、とする見方が、最近の再評価のポイントだ。しかし、著書はこの見解を「私の見解とは相いれない」とばっさりと切る。

 その論証のために、渉猟した史料をひとつ一つ引用して論証する。膨大な参考文献の中から、たった一行を見つけ出し、記録する。読者は、気の遠くなる作業に付き合わなければ、この一冊を読み通すことは出来ない。

 この労作は、丸善の歴史関係のコーナーなどに平積みされて、読者を待っている。仁科さんを知っている人も知らない人も、ぜひ手に取ってほしいと願っている。

(高尾義彦)

2019年10月7日

「ストライキ消滅―――『スト権奪還スト』とは何だったのか」(大橋弘、風媒社)

 今という時代を考える時に、振り返らずにはいられない出来事がこの半世紀の間でもいくつかある。半世紀近く前の1975年11月、日本ほぼ全域で、国鉄といわれたJR全線が、ストライキ権の確立を要求して国労などの労働組合のストライキによって8日間もストップする事態を引き起こした「スト権奪還スト」も、当時を経験した人々にとっても、その一つではないだろうか。当時、毎日新聞労働担当記者だった大橋弘先輩が、その歴史的意味を振り返ろうとしたのが本書である。

 リーダーだった富塚三夫(当時国労書記長)、富塚の後継者だった武藤久・元国労委員長の二人のインタビューを中心にしつつ、動労や総評の労働界、政界、国鉄当局の動きも要領よくまとめられ、当時の全体の構図、動きがよくわかる。

 大橋先輩よりはるか遅れて労働担当記者となった私にとっても、直接知る人々も多く登場してくる。何より懐かしい。そういうことだったのか、と思い知らされる事実もいくつかあった。

 スト権ストについては様々な動き、思惑が交錯した。自民党の中でも、公共企業体労働者へのスト権付与やむなしという立場の議員もいた中で、総評の中核である公労協は一枚岩ではなかった。総評解体の後、連合の初代会長となった山岸章(当時は全電通書記長で、国鉄や電電公社、郵便など公共企業体の労働組合で組織する公労協の代表幹事)が、ストライキを中止しようという動きが強まる中で、「今さらもたないと泣き言をいったところで知ったことではない」とスト中止に反対した、という。来るべき民営化の波を見越して、国労主導のストライキには、表向き賛同しながら、労組内でもそれぞれの企業体、労組の生き残りをかけた冷ややかな動き、見方があったことを同書は教えてくれる。

 スト権ストは、スト権奪還という目的は達せられないままに終わった。それだけではない。その後の中曽根康弘による行革臨調路線が進められる中で、国鉄をはじめとした公共企業体も民営化、総評の中核となった国労や全逓、全電通などの公労協、総評も解体され、労働運動の統一という名の下で、連合が1989年結成され、戦後の55年体制の一翼である社会党を支えた総評が解体されたことで、55年体制も崩れ、政界再編も進んだ。

 その結果、何をもたらしたのか。連合は労働者代表として、政府の審議会に参画するようにはなったが、派遣労働、非正規労働の広がりに歯止めをかけられず、実質賃金もなかなか引き上げられない。労働組合の存在感は薄れ、日本社会の格差は広がるばかりである。それは連合のせいだけではもとよりないが、拮抗力としての労働組合の役割は今こそ必要ではないか。

 スト権ストを打ち抜いた国労に戦略や展望はなかったかもしれないが、社会を巻き込んで異議を申し立てようとした労働組合があった歴史的事実は時折思い出されてもいい。それを大橋先輩は教えてくれた。

山路 憲夫(白梅学園大学小平学・まちづくり研究所長、元社会部、論説委員)

2019年8月9日

横山裕道著『さまよえる地震予知— 追い続けた記者の証言』

 科学記者・横山裕道氏(74歳)からのメールをコピペします。

 日本では東海地震の予知を目指して法律までできましたが、その後、専門家によって「地震予知は困難」という報告書がまとまりました。ところが、政府は東海地震を含む南海トラフ地震に関して「地震発生の可能性の高まり」程度のことは言えると考え、気象庁がいざという時に南海トラフ臨時情報を出すことになりました。予知ではないけれど、臨時情報なら可能というのです。

 残念ながら地震予知が混迷を深めているようです。それにスポットを当てたのが本書です。私自身、「東海地震の予知は有望」とずっと思い続けて取材に当たってきたことへの反省も込めています。民間研究者が地震の予知・予測は可能だと称し、それを民放や週刊誌が無批判に取り上げるという嘆かわしい実態にも迫っています。

 POD(プリント・オン・デマンド)という方式のため、一般の書店には並ばず、基本的にアマゾンを通じての印刷・配本だけです。地震や地震予知に関心がありましたら、アマゾンの次のサイトをご覧になってください。

https://www.amazon.co.jp/dp/4907625472

(紫峰出版、1,944円)

(堤  哲)

2019年8月8日

青田孝著『鉄道を支える匠の技 訪ね歩いた、ものづくりの現場』

 2019年8月3日付日本経済新聞に続き、7日付東京本社朝刊「ブックウオッチング」欄で紹介された。

 ——鉄道を支える企業20社の技術に肉薄した。気づくのは、取り上げた企業のほとんどが中小、なかには社員8人という会社さえあることだ。日本の鉄路が、こうした人たちの汗で磨かれてきたことが手に取るように分かる。南満州鉄道(満鉄)出身者が創立した企業が登場するなど、日本の鉄道技術者の系譜がかいま見え、ぞくりとさせられる。鉄道はどんな角度からでも楽しめる、くめどもつきぬ愉楽の泉だ。

 青田さんは、1947(昭和22)東京生まれ。日大生産工学部機械工学科で鉄道車両工学を学び、卒業研究として国鉄鉄道技術研究所で1年間研修をしたという鉄道技術マニア。卒業後、毎日新聞社に入社。技術職から編集職場に移り、編集委員などをつとめた。

(交通新聞社・864円)

(堤  哲)

2019年8月4日

江成常夫著『被爆 ヒロシマ・ナガサキ いのちの証』

 元毎日新聞写真部員の写真家江成常夫さん(82歳)の写真集が、朝日新聞の8月3日付「読書」欄で紹介された。

 ——著者は長年ヒロシマ・ナガサキの被爆、戦地であった南太平洋の島々の撮影を通して、「日本人と戦争の関わり」を考えてきた。

 今回は大判の写真集であり、被爆した建造物や物体を主に接近したカメラでとらえて、もちろん無言で私たちへと示している。

 精細な写真は二次元でありながら、いやだからこそ今なお朽ち続ける「一瞬」を伝える。それは遺品のちぎれた日の丸、もはや顔がわからなかったという17歳の女子挺身(ていしん)隊員の衣服、火ぶくれの出た瓦、被爆校舎の内部などであり、私たちはそのひとつひとつの物体の前で長い時を過ごすだろうし、そうすべきだ。

 中には被爆死した米兵や、中国人の遺品もあって、原爆投下が国際的な暴力であったことを明らかにするし、すべての被写体の背後にある経緯は著者の調べによって巻末に記され、それぞれの生が一度に等しく抹消されたことへの驚きと怒りと悔恨、核兵器廃絶への思いをかきたてる。

 評者は、作家のいとうせいこう氏。
 小学館刊、消費税込み4968円。

(堤  哲)

2019年7月28日

元村有希子著『カガク力を強くする!』

 テレビでお馴染みの論説委員元村有希子さんが、岩波ジュニア新書『カガク力を強くする!』を出版した。

 HPの内容紹介にこうある。

 ——科学・技術の進歩が暮らしの隅々にまで入り込み、その恩恵を当然のこととして享受する私達。しかし一方で、原発やゲノム編集など危うさもクローズアップされている今、科学記者とし活躍する著者は、「カガク力」=「疑い、調べ、考え、判断する力」を身に付けること。それが賢く生きる術となり、よりよい未来をつくる土台になっていくと説く。

 毎日新聞朝刊に、隔週土曜日「窓をあけて」を連載中。

 前科学環境部長。「理系白書」の報道などで2006年第1回科学ジャーナリスト大賞を受賞。毎日新聞出版から刊行した『科学のミカタ』(2018年刊)も好評だ。

(本体860円+税、岩波書店刊)

(堤  哲)

2019年7月9日

米本浩二著『不知火のほとりで 石牟礼道子終焉記』

 7月7日付毎日新聞「今週の本棚」で紹介された。

 米本浩二さんは、毎日新聞西部本社学芸グループの記者で、昨年『評伝 石牟礼(いしむれ)道子 渚(なぎさ)に立つひと』(新潮社)で第69回読売文学賞の評論・伝記賞を受賞した。

 その書評――。

 作家・石牟礼道子の逝去に立ち会った三十五日間の日記と、ここ数年、新聞記者として彼女に「密着取材」をする一方で、常に身近にいて「渾身(こんしん)介護」をした著者によるエッセー集。

 著者はこれの前に『評伝 石牟礼道子--渚に立つひと』という名著を書いている。そちらが本人からの聞き書きとリサーチによる伝記だったのに対して、今回の本は作家の人となりを伝えるエピソードの他に訪れた人々のことも加えて、大きな図柄の中にこの人を置いている。

 やはり家族の話がいい。死期が迫った父・亀太郎に焼酎を控えるように言うと父は怒って、「一生、ろくなことがなかったのに、『こういう世の中に生きとらにゃならんのは、さぞきつかろう。せめて焼酎なりと飲み申せ』となして言わんか」と返したという。酒飲みの勝手な理屈がおかしくてほほえましいが、しかしこの父は「母ハルノと同様、前近代の民、いわば精霊の眷属(けんぞく)であ」り、それが彼女の文業の基礎だった。

 石牟礼道子は「手伝い」よりも「加勢」という言葉を好んだ。人生の基本の姿勢は闘うことだった。それならば「加勢」がふさわしい。(狄)

(毎日新聞出版・1944円)

(堤  哲)

2019年6月24日

改めて紹介、佐々木宏人著『封印された殉教』上下巻

講演する佐々木宏人さん(22日付毎日新聞東京版)

 6月22日付東京版に、元経済部記者佐々木宏人さん(78歳)が毎日メディアカフェで講演した記事が掲載されていた。

 佐々木さんは終戦3日後に起きたカトリック神父射殺事件を追っているのだ。

 このHPですでに紹介したが、その取材から『封印された殉教』(上下巻、フリープレス、定価各2,000円+税)を出版している。

 事件は、1945(昭和20)年8月18日に横浜市の教会で戸田帯刀(たてわき)カトリック横浜教区長(当時47歳)が拳銃で射殺された。事件は未解決のままだ。

 佐々木さんは、戸田神父の出身地・山梨県の毎日新聞甲府支局長時代に事件を知った。退職後の2010年から8年をかけて取材、2018年に出版に漕ぎつけた。

 記事の最後にこうあった。《佐々木さんは、取材のきっかけの一つとして、06年に徐々に手足の末端に障害が出る難病「遠位型(えんいがた)ミオパチー」と診断されたことを挙げ…「車椅子生活になる前に真実を知りたいと考えた」と明かした》

(堤  哲)

2019年6月15日

改めて紹介!小倉孝保著『100年かけてやる仕事』

 朝日新聞の6月15日付読書欄で紹介された。
立命館アジア太平洋大学学長・出口治明氏の書評全文――。

 ■ルーツを読み解く、土台の言葉

 2013年、連合王国(英国)で100年の年月をかけて『中世ラテン語辞書』が完成した。当時、ロンドンに駐在していた著者は「時を超える」働き方に興味を持つ。自分たちの生きている時代に完成しそうもない、自分たちが使うあてもない辞書をつくることになぜそれほど精力を傾けたのか。こうして取材が始まった。それが本書である。

 マグナ・カルタもニュートンの論文も中世ラテン語で書かれている。第一、中世ラテン語は現在のヨーロッパ諸国のアイデンティティーのルーツを読み解く鍵なのだ。辞書編集はハチが花の上を飛ぶのに似ている。図書館が森、書棚が樹木、文献が花、編集者はハチ。西欧とそれ以外の世界を分ける基準がラテン語。連合王国の歴史は中世ラテン語によって記録されてきたので、この辞書の完成は、自分たちの歴史を理解する道具を手に入れたことになる。つまり必要だったから、多くの人が自分の時間の何分の1かを後世のために使ってきた。それは「青銅よりも永遠なる記念碑」なのだ。

 翻って日本はどうか。日本の辞書は中国語を説明する形式から9世紀にスタートした。公(英国学士院)が関与した中世ラテン語辞書とは異なり、日本の辞書づくりは私(民間)の仕事であって、国が作った辞書は一冊もない。『言海』しかり、『大漢和辞典』しかり、『広辞苑』しかりなのだ。日本の言葉に対する危機感の薄さに、ある識者は警告を発する。「土台の言語を失った言語は脆弱(ぜいじゃく)になる」「アイヌ語を守らなくてはいけない。アイヌ語の絶滅は将来、日本語の存続を脅かすことを知るべきだ」と。中世ラテン語は土台の言葉なのだ。

 現代の日本は、市場原理主義、スピード重視で何よりも効率を最優先する社会だ。しかし、市場経済では計れない価値が芸術や文化の世界には厳存している。働くことの意味を考えさせてくれる一冊だ。

 (プレジデント社、1,944円)

 * 

 おぐら・たかやす 1964生まれ。毎日新聞編集編成局次長。『柔の恩人』で小学館ノンフィクション大賞など。

(堤  哲)

2019年5月31日

『消えた球団 毎日オリオンズ』(新書)発刊

 1950(昭和25)年、プロ野球セ・パ2リーグに分裂して生まれた「毎日オリオンズ」。本田親男社長時代で、初年度はパ・リーグで優勝、セ・リーグの覇者松竹ロビンスを破って、最初の日本一になったことは、ご承知の通りだ。

 『野球雲Vol.7 戦後の流星 毎日オリオンズ』(啓文社書房2016年9月発刊)に加筆して新書スタイルで再刊行されたもので、毎日新聞OBでは諸岡達一、堤哲が執筆者に加わっている。

 諸岡は、毎日オリオンズのOB会に出席していて、オリオンズのすべてを知っている貴重な生き証人である。この本では、慶応義塾大学名誉教授の池井優氏らと鼎談をして、蘊蓄を傾けている。

 堤は、「野球ともに歩んだ毎日新聞」として、野球の普及に毎日新聞がどれだけ貢献したか、大正年間の「大毎野球団」、2007年に創設した社内組織「野球委員会」などについて詳述している。

 6月3日ビジネス社から発売される。@1,000円+税。

(堤  哲)

2019年5月24日

小倉孝保著『100年かけてやる仕事 ― 中世ラテン語の辞書を編む』

 1冊の辞書を完成させるのに100年という歳月をかけた人々がいる。『英国古文献における中世ラテン語辞書』の作成プロジェクトは、1913年にスタートし、2度の大戦を経て2013年に辞書が完成した。スペインのバルセロナに建設中のサグラダ・ファミリア大聖堂は、1882年に着工され、完成予定は2026年。この大聖堂ほど有名ではないが、イギリスの中世ラテン語辞書は、それに匹敵する大文化プロジェクトだった。

 僕(小倉孝保東京本社編集局次長)はロンドン駐在時にこの辞書の完成を知った。「中世ラテン語辞書プロジェクト、100年かけてついに完了」と新聞各紙、BBCなどがこぞって報じた。大ニュースというわけではなかったが、この見出しを目にしたときの衝撃は大きかった。おおげさでなくドキンとしたといってもいい。100年もかけて辞書をつくり上げた人たちはいったいどんな人たちだったのか。そもそも、なぜ現代のイギリス人に新しいラテン語の辞書が必要なのか。

 ――以上は、小倉編集局次長の紹介文である。

 小倉記者は、1964年滋賀県長浜市生まれ。88年毎日新聞社入社。カイロ、ニューヨーク両支局長、欧州総局(ロンドン)長、外信部長を経て編集編成局次長。2014年日本人として初めて英外国特派員協会賞受賞。『柔の恩人』で第18回小学館ノンフィクション大賞、第23回ミズノスポーツライター賞最優秀賞をダブル受賞。

 プレジデント社 1,800円+税

(堤  哲)

2019年4月16日

藤原健著『マブイの新聞―「沖縄戦新聞」沖縄戦の記憶と継承ジャーナリズム』

 本書は、その「沖縄戦新聞」の「意味と意義」を柱に据えて、「琉球新報」「沖縄タイムス」に掲載された沖縄戦関連記事をすべて精査し、戦後沖縄の新聞ジャーナリズムと沖縄戦報道を丹念に分析することによって、記者たちの沖縄戦継承の足跡を立体的に詳記した渾身(こんしん)の一冊である。

 毎日新聞大阪本社の編集局長を務めた著者は、定年後、居を沖縄に移し県内の大学院で本書の基になる論文を書き上げた。同じジャーナリストとして、実直なまでに沖縄の記者たちに学ぼうとする著者の心象は行間に深く刻まれ、さらに「継承の『かたち』」と題して記述された、ひめゆり平和祈念資料館の若い説明員たちへのインタビューを通して、沖縄戦継承の展望へとつなげている。

 ――以上は、「琉球新聞」に掲載された沖縄女性史家の宮城晴美さんの書評の一部である。

 「沖縄戦新聞」は、琉球新報が戦後60年企画で、2004年7月から05年9月まで別刷りとして14回発行した。

 筆者は、1950年岡山県生まれ。74年毎日新聞入社。大阪本社社会部長、同本社編集局長、スポーツニッポン常務取締役などを経て2016年、妻の古里沖縄に移住、沖縄大学大学院入学(現代沖縄研究科沖縄・東アジア地域専攻)。琉球新報客員編集委員。

 琉球新報社・2500円(税込み)

(堤  哲)

2019年4月11日

伊藤智永 著『「平成の天皇」論』

 ――天皇像は変わらないものを守るためにこそ、時代に応じて変化しなくてはならない。

 約200年ぶりの譲位実現に道をひらいた天皇の「おことば」は、単なる高齢化に伴う公務負担軽減の問題でも、ましてや一部保守派が言うような「弱音」や「わがまま」でもなく、女系・女性天皇容認や女性宮家創設も含めたこれからの象徴天皇制のあり方をめぐる国民への問いかけだった。

 戦没者慰霊や被災地慰問の旅を平成の象徴のスタイルとして生み出した天皇が、退位表明に込めたメッセージとは何か?

 天皇像は変わらないものを守るためにこそ、時代に応じて変化しなくてはならない。

 講談社現代新書から4月17日発売予定。840円+税。

 筆者の伊藤智永記者は、毎月第1土曜日掲載コラム「時の在りか」の筆者。1986年入社。政治部、経済部、ジュネーブ特派員、現在編集委員兼論説委員。

(堤  哲)

2019年4月2日

広島カープの初代監督石本秀一(野球殿堂入り)は毎日新聞OB

 ――これは以前この欄に書いた記事の見出しだが、西本恵著『日本野球をつくった男――石本秀一出伝』(講談社2018年11月刊)を書店で見つけた。

 本文578ページ。厚さが4cm近くもある分厚い本だ。タテ18.6cm×ヨコ13cm。B6判をひと回り大きくしたサイズ。定価2300円。

 石本秀一(1897~1982)は、広島商業の投手として、現在の夏の甲子園大会の第2回、第3回に連続出場した。1916、17(大正5~6)年である。

 慶大を受験。その先が不明で、関学大を1年で中退し満州に渡る。三井物産に勤務し、満州の早慶戦・大連実業対満鉄戦(実満戦)で活躍。地元大連商のコーチをして、夏の全国大会に2回出場させている。1921(大正10)年は初出場でベスト4に食い込だ。

 1923(大正12)年9月、故郷に帰って、毎日新聞広島支局員となる。25歳だった、とこの本にある。

 ――毎日新聞広島支局は、広島市の中心街である紙屋町の交差点の角にあった。支局員は5人程度。石本は税務署や商工会議所、師団司令部などを担当した。

 野球やサッカーをはじめ、柔道や剣道などの試合も取材した。石本は「2人前ほど働いたような気がします」と語っている。

 「みるみるうちに敏腕記者として成長していった」と書かれている。

 石本本人は「広島で起こった贈収賄事件のてがかりをつかんだのが大手柄だった」と語っているとし、著者は「時代を見抜く、するどい眼力をもつようになった」と記している。

 記者をしながら広島商野球部のコーチ・監督をして、1929、30(昭和4~5)年に夏の甲子園大会2連覇。さらに31(昭和6)年春のセンバツで優勝、そのご褒美で鶴岡(旧姓・山本)一人選手(野球殿堂入り)らのメンバーでアメリカ遠征をした。

 石本は、アメリカ報告を毎日新聞広島版に連載、それを元に『広商黄金時代』(1931(昭和6)年大毎広島支局刊)を出版している。

 伝説の「真剣刃渡り」は、その際の選手の精神統一法で取り入れたのだ。

 ――石本はオートバイを買って仕事と野球の両立をはかった。取材をして原稿を書いて、練習時間の午後3時ごろになれば、広島商業のグラウンドにかけつけた。

 ――広商の対外試合が終わると、指揮をとっていた石本は、事務室にやってきて支局に電話。原稿は下書きもなく、いきなり試合の記事をペラペラと送り、それが実に名文だったそうだ。

 勧進帳で原稿を送っていた。

 石本は、1936(昭和11)年、プロ野球大阪タイガース(現阪神)の監督に招かれ、毎日新聞記者を退職する。

 打倒巨人! 翌37(昭和12)年秋のシーズンと、翌38(昭和13)年春に連続優勝した。

 その後、名古屋金鯱軍2年―大洋―西鉄。戦後、結城―金星2軍―大陽ロビンスと、監督を転々とした。

 そしてセ・パ2リーグとなった1950(昭和25)年、創設された市民球団広島カープの初代監督に就任する。
41勝 96敗 1分、勝率.299
カープは、セ・リーグ8チームの最下位に終わった。優勝した松竹ロビンスとは、59ゲームも差がついた。

 シーズン途中で選手の給料が払えない事態に陥った。伝説の「樽募金」が始まった。こんな新聞記事が残っている。

  身売りか解散か
   カープに危機

 《カープ全選手の給料支払いがすでに20日も遅配となり、そのため選手の留守家族から連日矢の催促が遠征先に舞い込み、ために選手の士気もとみに低下の一途をたどっている》=「日刊スポーツ」同年11月18日付。

 「カープ女子」に、石本の苦労が分かってもらえるだろうか。

(堤  哲)

2019年2月24日

瀬川至朗編著『ジャーナリズムは歴史の第一稿である。』

 石橋湛山記念「早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座2018の出版。

 内容紹介に「政府が記録を隠蔽し、改竄し、そして抹消する。ネット上では真偽不明の情報が次々と拡散される。民主主義が根底から揺さぶられる中、ジャーナリズムが果たすべき役割とは何か。 日報隠蔽、沖縄問題、外国人労働者、そしてフェイクニュース……。それぞれの「第一稿」から現代日本の課題を鮮やかに照射する」とある。

 早稲田ジャーナリズム大賞選考委員の早稲田大学政治経済学術院の瀬川至朗教授が、序章に「歴史の第一稿」が問いかけること、終章に、いま求められる「検証のジャーナリズム」を記している。

 瀬川教授は、毎日新聞科学環境部長、編集局次長などを務めた。

(2018年12月成文堂刊、1,800円+税)

(堤  哲)

2018年12月11日

元印刷部長・山野井孝有さんが自費出版
「戦争はいけません―元従軍看護婦戸田ノブ99歳の思い」

 元印刷部長・山野井孝有さんが南足柄市に住む看護師・助産師の後藤眞理子さんと共著で12月10日、自費出版した。46年前、南足柄市母子健康センターで一緒に働いたことがある後藤さんは、老人福祉施設に入所している戸田ノブさんが、元従軍看護婦として日中戦争に派遣された経験を語るのを聞いて、山野井さんに相談。山野井さんは、戦争体験が風化している中でこの体験を記録として残すべきだと直感。2015年から3年かけてまとめたもの。

 戸田さんは、1919年福島生。日赤看護婦に憧れたが学歴などでかなわず、陸軍従軍看護婦試験に合格した。1941年4月から43年10月まで山西省太原陸軍病院に。44年2月再召集されて今度は、山東省兗州陸軍病院へ。翌年敗戦となって、46年博多に帰国した。この二度にわたる中国での体験をしっかり記憶していた。

 この聞き書きを続けた山野井さんは、その体験だけでなく従軍看護婦制度の発足から、日赤従軍看護婦と陸軍従軍看護婦との違い、さらには従軍看護婦に対する戦後補償などを調査して、証言と資料を追加してまとめたもの。

 限定300部、ご希望の方は山野井さんまで。TEL/FAX:043-231-6110

 メールアドレスは、

(福島 清)

2018年11月26日

『新聞記者 山本祐司』(水書坊刊、税込3、500円)の刊行

 2017年7月22日に亡くなった元・社会部長(東京)山本祐司さん(享年81)の遺稿集が2018年11月20日に刊行された。幼くして文才発揮となった早稲田中学時代の作文から、早大童話会での創作ノート、そしてロッキード事件で頂点を極める司法記者としての記事・論考の数々、さらには脳出血で半身不随となりながら驚異の復活でものにした左手書きの著作、次いで晩節全うし手塩にかけたルパン文芸での作品群など、加えて、幼き日のやんちゃから司法記者の取材現場を生々しく写し取った日記、および通史、著作全目録、217人からの追悼一言集も収め、566ページの大部となった。「人間万歳」「巨悪を眠らすな」「居眠狂四郎」等々の自他称形容句そのままの半生を彩る人間記録ともなっている。

 編纂・刊行にあたったのは、故人と入社同期(1961年)、並びに司法記者クラブで同席した仲間たちの有志。はじめ「山本祐司遺稿集期成協力会」の名で広く呼びかけ、最終的には「新聞記者 山本祐司」編纂・刊行の会、と名乗った。会としては、出入り自由で、出来る奴が出来ることをする緩い組織だったが、結果として、天野勝文、今吉賢一郎、大住広人、今江惇、藤元節、勝又啓二郎、野村修右、高尾義彦が常連として携わり、事実上の編集委員会を形成している。

 さらに、立上げにあたって基金協力を呼びかけたところ、毎日新聞内外の119人から、ほぼ本体製作費に見合う額が寄せられた。故・山本祐司の徳とするところであると同時に、この席をかり、刊行の会として、改めて御礼申し上げる。ありがとうございました。

 発行元は、人間形成ものに理解深い「水書坊」に依頼したが、実質上は、製作共々毎日新聞グループ「毎栄」(社長・小泉敬太)に引き受けて頂いた。箱入り装幀の400部。別刷8ページの写真グラフも添えている。原価計算から定価3,500円(税込み)としたが、市販はしない。購読注文歓迎で、問合せ共 (大住) (高尾)090-1500-8740(高尾)へ。

(記・大住広人)

2018年11月10日

釈徹宗、細川貂々、毎日新聞「異教の隣人」取材班著『異教の隣人』

釈徹宗、細川貂々、毎日新聞「異教の隣人」取材班著『異教の隣人』

 毎日新聞11月11日付「今週の本棚」で紹介された。

 記事は、大阪本社朝刊「めっちゃ関西」に昨年3月まで連載された。

 取り上げたテーマは――。イスラム教モスク、ジャイナ教寺院、台湾仏教寺院、ユダヤ教シナゴーグ、神戸市立外国人墓地、キリスト教(カトリック)修道院、シク教寺院、キ リスト教(カトリック)ペルーの祭り、ベトナム仏教寺院、ヒンズー教大阪アーユルヴェーダ研究所、韓国・キリスト教(プロテスタント)の教会、日本人女性イスラム教徒、ブ ラジル・キリスト教(プロテスタント)の教会、神戸の華僑、女性イスラム教徒のファッション、イスラム教ラマダン明け、東方正教会の聖堂、タイ仏教の「みとりの場」コプト 正教会の聖堂、イラン人イスラム教徒、朝鮮半島の民俗信仰、在日クルド人のコミュニティー、台湾・春節祭。

 発行元晶文社のHPの紹介――。異国にルーツを持つ人たちは、どんな神様を信じて、どんな生活習慣で、どんなお祈りをしているのか? イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教 からコプト正教まで、気鋭の宗教学者と取材班がさまざまな信仰の現場を訪ね歩いて考えたルポ。

 釈徹宗氏は、浄土真宗本願寺派如来寺住職。相愛大教授(宗教思想)。細川貂々氏は、漫画家・イラストレーター。

 毎日新聞「異教の隣人」取材班は中本泰代(97年入社、現北陸総局次長)▽棚部秀行(98年入社、現東京本社学芸部副部長)▽花澤茂人(2005年入社、大阪本社学芸部)▽清水有香 (2006年入社、大阪本社学芸部)の4人。

(晶文社・1782円)

(堤   哲)

2018年10月24日

横山裕道著『原発と地球温暖化: 「原子力は不可欠」の幻想』

 元科学環境部長、論説委員の横山裕道さん(74歳)の新著。淑徳大学をことし3月に退職した後、執筆作業に当たった。

 横山さんのメール――。POD(プリント・オン・デマンド)という方式で、取次店を通さないため書店に並ぶことはありません。値段も少々高い(¥ 2,376)ですが、カラー版であるほか、第1章に、地球温暖化が高じる中で中国で原発過酷事故が発生するという架空ドキュメント「運命の2030年」を置くなど工夫しています。

 もしテーマに関心がありましたら、次のサイトをのぞいて見てください。

アマゾン(印刷版)のサイトは
https://www.amazon.co.jp/dp/4907625448/
グーグル(ダウンロード版=電子書籍)は
https://books.google.co.jp/books?id=q1hyDwAAQBAJ&pg
です。

 内容紹介にこうある。

 ――我々が石油や石炭、天然ガスを使用することによって起こる地球温暖化がはっきりと姿を現し始めたようだ。2018年夏は北極圏を含め世界を激しい熱波が襲った。日本では豪雨、猛暑、度重なる台風の襲来と異常ずくめの夏で、気象庁は「異常気象の連鎖だ」と認めたほどだった。世界が協力して温暖化を防止しようとパリ協定ができ、いまや温室効果ガスの排出削減を効果的に進めることは国際的に最重要課題となっている。

 そこで問題になるのが原子力だ。発電時に二酸化炭素(CO₂)を発生しない原発は「温暖化対策の切り札」と宣伝されてきたが、チェルノブイリ原発事故に続いて東京電力福島第一原発事故が起きたように原発は安全性の問題が大きな弱点になっている。「温暖化防止は原子力ではなく太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーで」という声が日増しに高まり、実際に再エネは急速に普及している。本書ではこうした問題を幅広く取り上げた。

 第1章に架空ドキュメント「運命の2030年」を置いた。温暖化が高じ、超大型台風が首都圏やニューヨークを襲う。世界で洪水や干ばつが頻発する中で、中国で原発過酷事故が発生する。原発は停止に追い込まれ、代わって石炭火力へのシフトが進み、CO₂濃度は急速に高まり始める。さあ、地球の運命は?という近未来のあり得る内容だ。避難を強いられた原発事故の被災者とこれからどっと出てくる気候難民を重ね合わせ、原発も「気候の暴走」もない未来をつくるにはどうしたらいいかという考察も行った。

 本書では原子力を厳しい目で見ている。一方で電力需要の増加への対応と温暖化対策を両立させようと原発に頼る中国やインドと、原発事故への反省もないまま再稼働に走る地震国日本の置かれた事情は異なることを十分意識した。強固な「原子力ムラ」が存在する日本を含め世界の脱原発がそう簡単には進まないことにも言及した内容になっている。

(堤  哲)

2018年9月15日

岩尾光代著『姫君たちの明治維新』(文春新書)

 元毎日新聞の大姉御の力作である。

――明治150年に贈る、幕末維新をきっかけに思いもしなかった苦労に見舞われた大名・皇族の姫君たちの物語。

 「サンデー毎日」に連載したものを加筆した。

 文春新書の内容紹介はこうある。

 深窓の令嬢どころか、堅固なお城の大奥で育った、正真正銘のお姫様たちも、維新の大波には翻弄されます。しかし、決してそれにめげることなく、それぞれの運命を逞しく生き抜いてもいきました。

 徳川家では、最後の将軍、慶喜の義理の祖母でありながら、淡い恋心を交わした一橋直子、また、そのとばっちりを受けた形の、正妻の徳川美賀。

 加賀百万石の前田家では、東大の赤門を作るきっかけとなった、将軍家から嫁入りした溶姫のさみしい晩年。

 九州の大藩、鍋島家では、新政府の外交官になった夫とともに、ヨーロッパに赴き、鹿鳴館の華とうたわれた鍋島栄子。

 篤姫や和宮など、メジャーどころはもちろん、歴史教科書には出てこない、お姫様たちの生涯は興味津々。

 とくに落城の憂き目にあった姫君たちの運命には、思わず涙します。

 なかでも、もっとも数奇な運命をたどったのが、四賢侯の一人、松平春嶽と侍女の子である池田絲。維新後の混乱で彼女は松平家の庇護を受けられず、なんと芸者に。そこで、お雇い外国人であった仏系アメリカ軍人と結婚。二人の間に出来た子が、明治の歌舞伎界の大スターである十五世市村羽左衛門! まるで小説のような物語がそこにあります。

 20人を超える姫君たちの物語にご期待ください。
       (本体980円+税、文芸春秋社)

(堤  哲)

2018年8月26日

佐々木宏人著『封印された殉教』上

 敗戦3日後の1945年8月18日夕、横浜市保土ケ谷区の保土ケ谷教会内でカトリック横浜教区長だった戸田帯刀(たてわき)神父が頭部を撃たれて死亡した。

 この事件を追った毎日新聞OB記者佐々木宏人さん(77歳)のノンフィクション。

 筆者の言葉にこうある。

 一人のカトリック・ジャーナリストとして「戸田帯刀神父射殺事件」を追いかけた。なんとか犯人を割り出し、その背景に迫りたいとの一念だった。多くの取材協力者の助けにより、事件の背後のうごめきが仄かに見えてきた。高まる軍靴の響きをものともせず、普遍の価値の下に「平和であれ」と説き、実践した一人の司祭と、それをとがめて銃弾を放った犯人…戸田師の遺志は、それを覆い隠そうとした勢力の意図にもかかわらず、営々として語り継がれ、生かされていたことが判った。取材者としてそのことが本当にうれしかった。独り勢い込んで重ねた取材・執筆にもそれなりの意味があったのではないかと、ペンを措いた今、実感している。

 

 サーさんとは、水戸支局で一緒だったが、カトリックの信者だったとは、知らなかった。
そのサーさんからの報告――。

新宿「紀伊国屋書店」に行ったら「H10」の「神学」コーナーに平積みされていました
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毎日新聞19日の読書欄に広告も掲載されました

 「下巻」は9月中旬に発行予定です。よろしく。

(フリープレス刊、2000円+税)

(堤  哲)

2018年8月13日

篠田航一著『ヒトラーとUFO-ドイツの謎と都市伝説を追う

  ドイツには都市伝説が今もあふれ返る。ヒトラー、UFO、フリーメーソン、ハーメルンの笛吹き男……。ドイツの怪しげな話を追う。  平凡新書の案内である。

 8月12日付毎日新聞「今週の本棚」では――。

 好奇心旺盛で、子供の頃から伝説好きだったという、ある意味「変わり種」の著者が特派員としてドイツに派遣され、意外にも「一皮むけば実に噂(うわさ)好き」なドイツ人たちと出会い、独特の感性で社会を観察して行く。多くの要素が重なり、初めて生まれた希有(けう)な本だ。

 筆者は、現在毎日新聞カイロ特派員。早大政経卒、1997年入社。私が退職した年である。社会部で東京地検特捜部などを担当。ドイツ留学後、2011年から4年間ベルリン特派員だった、と略歴にあった。

(平凡社刊、760円+税)

(堤  哲)

2018年6月16日

大久保貞義著『自ら宿命を変える―続《人生の恩返し》』

 毎日新聞OBで獨協大学名誉教授の大久保貞義さん(83歳)が『自ら宿命を変える―続《人生の恩返し》』を出版した。

 その序――。《若い頃にアメリカからもらった〝返済不要の奨学金〟のおかげで、私は豊かな人生を送ることができました。その感謝の思いから、経営の第一線から退いた今、「ロイヤル福祉助成法人」を設立して若者と高齢者に恩返しする活動をしています》

 続く「はじめに」に、「なぜ若者に奨学金を贈るのか」。

 返さないでよい奨学金は、すでに12人に計1500万円が渡っている。

 大久保さんは、東大を卒業して1959(昭和34)年に毎日新聞に入社、政治部記者となった。在社中に米スタンフォード、プリンストン両大学の大学院に留学、67(昭和42)年、30歳で退社して、米議会の奨学生として議員の政策担当秘書を経験した。

 帰国して東海大学広報科助教授から獨協大学教授。在職中に介護付有料老人ホーム「ロイヤルハウス石岡」(茨城県石岡市)と「ロイヤル川口」(埼玉県川口市)を経営していた。

 一般社団法人「ロイヤル福祉助成法人」は、老人ホームを経営していたときの報酬を貯めて原資にしたもので「何億といった規模ではないんですよ。ささやかなお返しです」と大久保さんはいう。

(シニアタイムス刊、1,000円+税)

(堤  哲)

2018年6月11日

石寒太著『金子兜太のことば』

 金子兜太さんは、戦後俳壇のトップランナーとして70年間活動を続け、生涯現役のまま、2018年2月20日に98歳で逝去した。

 著者の石寒太さん(本名・石倉昌治)は、毎日新聞OBで、元「俳句αあるふぁ」編集長。兜太と同じ加藤楸邨を師に持つ俳人。兜太との長年の交流の中で胸に刻まれた言葉と俳句を選んで、解説している。

 内容紹介に以下の言葉があった。
 〝俳句があるかぎり、日本語は健在なり〟
 〝物事を成就させるのは、「運・鈍・根」ですね〟
 〝死ぬのが怖くないか? と問われたら、「死ぬ気がしなかった」と答えます〟

(毎日新聞出版社刊、1,500円+税)

(堤  哲)

2018年6月6日

『ベースボーロジー』第12巻

 野球文化學會論叢『ベースボーロジー』第12巻が発刊された。

 特集は、野球と音楽─応援歌の果たす役割─。慶應義塾大学名誉教授池井優さんが昨年12月9日、法政大学キャンパスで開いた野球文化學會第1回研究大会で基調講演したものだ。

 副題は「古関裕而と応援歌」。「紺碧の空」、「六甲おろし」、「栄冠は君に輝く」を中心に、とあるが、慶應の応援歌「若き血」の生まれた背景が詳しい。打倒ワセダ、「都の西北」を凌ぐ、元気の出る応援歌を! で、堀内敬三が作曲し、当時普通部3年の藤山愛一郎が歌唱指導をした。そして昭和2年秋の早慶戦で早大に連勝した。

 毎日新聞OBでは、松崎仁紀さんが「野球の起源」をめぐって―日米の研究成果を検証する▽アメリカ文学にみる野球の文化社会学的考察―『ベースボール傑作選』を読む④の2編。小生(堤哲)が「野球を育てた」記者たちの物語―毎日新聞人の野球殿堂入り列伝を発表している。

(啓文社書房刊、1,850円+税)

(堤  哲)