新刊紹介

2024年2月13日

論説委員、日下部聡さんが新刊「記者のための情報公開制度活用ハンドブック」

 1月末に公益財団法人新聞通信調査会より出版しました(https://bit.ly/3UkLTs6 )。電子版も出る予定です。

 情報公開制度を使って優れた仕事をしている各地の記者たちのケーススタディ7本を軸に、制度の基礎知識や理念、歴史の解説、そして日本のジャーナリズムによる制度活用の概況などをまとめています。

 記者だけでなく、研究者や学生など調査に携わる幅広い人たちの参考になるよう、できるだけ実践的かつ分かりやすい構成にしたつもりです。

 なぜ、このような本を書こうと思ったのか。一言でいえば、取材・報道のスキルを業界全体で次世代に継承していく必要性を強く感じているからです。

 既存メディアは苦境に立たされています。スキルの伝承はもっぱらOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で行われてきましたが、もはや各社にそれを担う余裕は失われつつあります。毎日新聞も支局を中心に人員は縮小の一途をたどっています。

 組織の壁を越えてジャーナリズム全体の力を向上させる場が必要なのではないか。そんな考えを共有する同業者たちと10年ほど前から「報道実務家フォーラム」(https://j-forum.org/ )という研修イベントを運営してきました。

 2019年にはNPO法人となりました。理事長は毎日新聞出身の瀬川至朗・早稲田大政治経済学術院教授、事務局長は共同通信出身の澤康臣・専修大文学部ジャーナリズム学科教授です。

 毎春、早稲田大国際会議場で3日間、スクープや好企画を手がけた記者、データ処理やITの専門家らによる講座を集中開催し、2023年は会場、オンライン合わせて過去最多の約750人が参加し、国内最大級のジャーナリズムイベントに成長しました。

 会場では新聞、通信、放送、ネットメディア、フリーランスなどさまざまな立場のジャーナリストたちの会話の輪があちこちにできます。その熱気にはいつも感動します。横につながる場が切実に求められているのだと実感しています。

 報道実務家フォーラムでは情報公開制度活用のための講座も毎回開設してきましたが、若手の関心は高く、常に満員で質問も相次ぎます。筆者も社内で支局記者を対象にした研修の講師を頼まれるようになりました。

 もしかすると実践的な手引書のようなものが求められているのではないだろうか。そう思って本書を企画しました。ケーススタディの大半はフォーラムの講座をベースにしています。「企画協力」として報道実務家フォーラムのクレジットが入っているのはそのためです。

 筆者が情報公開制度を取材に初めて使ったのは20年前にサンデー毎日で連載「石原慎太郎研究」を担当した時でした。東京都の情報公開制度に基づいて入手した資料をもとに、当時の石原知事の公私混同ぶりを明らかにした調査報道でした。

 それまで事件担当が長く、限られた情報源を奪い合うような取材をしていた自分にとって、情報公開という誰にでも開かれた制度で予想以上に豊かな情報が得られたことは、目からうろこが落ちるような経験でした。

 以降、この制度を使ってどんなことができるか、さまざまな取材で試してきました。英オックスフォード大ロイタージャーナリズム研究所に留学し、情報公開制度とジャーナリズムの関係について調査もしました。

 そうした体験をベースに2018年には『武器としての情報公開』(ちくま新書)という本を出しました。今回は自分の話は入れず、最新事例の紹介に徹しています。

 新聞記者の多くは行政機関や捜査機関を持ち場とする形で仕事をしています。当局者に食い込んで水面下の情報を取ってくることは重要な任務の一つです。

 しかし、それは「アクセス・ジャーナリズム」のわなに陥る危険性もはらんでいます。いつの間にか権力側の考え方に染まってしまったり、知らず知らずのうちに情報操作に加担してしまったりして、権力監視の役割を果たせなるおそれがあるということです。

 情報公開制度を使えば、取材相手の意向を気にせず情報収集できます。それは市民と同じ条件で情報収集をするということでもあります。政府や自治体の情報が本当に市民に開かれているかどうかを検証することになります。人にフォーカスする従来型の取材と組み合わせることによって、より広く深い報道が可能になるのです。

 ネット上には偽情報や誤情報があふれています。生成AIの登場で状況はさらに悪化する可能性があります。信頼できる情報源としての情報公開制度の重要性は増すでしょう。制度を監視するジャーナリズムの役割もますます重要になります。

 この本は報道実務家フォーラムの運営仲間たちによる『記者のための裁判記録閲覧ハンドブック』(ほんとうの裁判公開プロジェクト、2020)、『記者のためのオープンデータ活用ハンドブック』(熊田安伸、2022)に続くシリーズ3冊目となります。

 報道実務家フォーラムは現役記者や一部のメディア企業の寄付によって運営されています。財政は綱渡りです。ジャーナリズムの持続・発展のために、ぜひ支えていただければと思います。詳細は公式サイト(https://j-forum.org/support/ )をご参照ください。

(日下部 聡)

 「記者のための情報公開制度活用ハンドブック」は公益財団法人新聞通信調査会から出版。978-4-907087-23-4(Amazonで販売中)。定価1,100円、送料1冊100円

 日下部聡(くさかべ・さとし)さんは1993年入社。浦和支局、サンデー毎日編集部、東京・大阪両社会部、デジタル報道センター長などを経て2022年10月から論説委員。2016年に「『憲法解釈変更の経緯 公文書に残さず』など内閣法制局をめぐる一連の報道」で新聞労連ジャーナリズム大賞とJCJ大賞。取材班代表として「『桜を見る会』追及報道と『汚れた桜「桜を見る会」疑惑に迫った49日』の出版」で2020年石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(公共奉仕部門)。2016年10月~2017年7月、英オックスフォード大ロイタージャーナリズム研究所客員研究員。著書に『武器としての情報公開』(ちくま新書)。特定非営利活動法人「ファクトチェック・イニシアティブ」理事。日本メディア学会会員。