随筆集

2023年9月5日

社会部OB茂木和行さんのネット通信に、校條諭さんのAI時代のメディア論

 校條諭さんといえば、この毎友会HPに転載されている「佐々木宏人さん ある新聞記者の歩み」のインタビュアーだが、社会部OB茂木和行さんが編集責任者の「教育改革通信301号」9月号に、「生成 AI が予感させる新しいメディアの世界」を寄稿している。興味深い内容です。ご参考までに。

生成 AI が予感させる新しいメディアの世界   校條諭

◇プラットフォームの“毒饅頭”

 1995 年はプロバイダーの登場によって、一般の人がインターネットを利用できるようになった年で、インターネット元年と呼ばれています。その年、日本の三大新聞は、いち早く記事の一部をネットで発信し始めました。朝日の「オープンドアーズ」と「アサヒコム」、 読売の「YOMIURI ONLINE」、毎日の「JamJam」(翌年 AULOS)です。

 そして、翌 1996 年、Yahoo!ニュースが始まり、三大紙や地方紙は順次 Yahoo!向けに記事を配信するようになりました。当時の新聞社の判断について“毒饅頭”を食ったと言われることがあります。新聞社が Yahoo! の“下請け”になる道を開いたという意味です。まだ 紙の新聞 が激減するというような危機感がなかったこともあり、新しいメディアにコミットしておこうというくらいの軽い気持ちで記事を提供しはじめたと言われています。

 ただ、多くの新聞社の動きを横目に、日本経済新聞だけは、いまだに Yahoo!に記事を配信していません。 日経電子版は有料デジタルの購読数約 87 万(2023年 7 月)でトップに立っています。(ただし、この数年伸び悩んでいますが、2 位の朝日新聞デジタルの有料購読数約 30 万を依然引き離しています。)

◇ニュースメディアに接近するプラットフォーム

 昨今、特に海外で、ニュースのパブリッシャー(新 聞社、通信社、放送局、ネット専業ニュースメディア、 フリージャーナリストなど)とプラットフォームとの 間の緊張関係が高まっています。オーストラリアや EU、そして最近ではカナダが Google などプラットフォー ム企業に、ニュース記事を適正な価格で買うよう政府が圧力をかけています。それに対して、Google とメタ(旧 Facebook)はニュース配信を止めると表明するなど綱引きが続いています。

◇ChatGPT 登場、急普及

 ところで、そうした折、2022 年 11 月に、オープン AI 社のAI サービス ChatGPT が公開されました。これは、「〇〇について教えて」と尋ねると、たちどころに わかりやすい文章で回答してくれるというので、またたく間に全世界で使われるようになりました。これまで Facebook やツイッターなどが登場したときと比べて桁違いに早いスピードで登録ユーザーが増加して います。

 ChatGPT についての解説や使い方などの本・雑誌が 次々に発行され、ChatGPT 狂騒曲とでもいうような状 況が続いています。Google なども対抗製品を発表、AI の急速な発展、変化に、多くの国で期待と不安が高まっています。ChatGPT の GPT というのは、Generative Pre-trained Transformer の略で、生成的な、事前学習された、深層学習モデルというのが直接の意味です。 現在 GPT4 というバージョンまでできています。

 これはチャット(対話)による問いかけに対して、 自然な文章で応答するサービスです。対話ができ、読 みやすい文章で回答できるのは、大規模言語モデル(LLM)という原理によっています。かつての第1次(1950~60 年代)、第2次(1980 年代)の AI ブームのときは、コンピューターに論理モデルを組み込もうとしたり、特定の分野の専門家の知識を覚えさせようと しました。そのタイプの AI も将棋の例を思い出すま でもなく、以前からいろんな場面で使われています。それに対して、GPT の場合は、論理でなく、気の遠 くなるような量の既成の文章を読み込ませて、たとえ ば「雨が」と来れば、次は「降る」になる、あるいは 「やむ」になるといった確率がどのくらいかという統 計をとって、大規模言語モデルとしてストックしているわけです。さらに、文章で質問をされたときに、ど う回答するかという学習を加えて ChatGPT ができあがりました。もともと組み込んである論理に当てはめて 答えるのでなく、問いに従って“もっともらしい”文 章の回答を「生成」する AI です。

 ベースは大量のテキストの 深層学習 によっていますが、プロンプト(問いかけ、指示)の記述によって、画像を生成させたり、エクセルでは手に余るようなデータ処理やグラフ表示ができたりします。

◇プラットフォームが抱いた危機感

 この ChatGPT の急速な発展、普及ぶりを見て、Google のような検索エンジンを提供しているプラットフォーム企業が危機感を覚えています。つまり、ChatGPT に知りたいことを尋ねれば、Google の検索ページを開か なくてもすんでしまう可能性があるからです。たとえ ば、「初めて京都に行くので、主な名所を3 日間で回る 計画を立てて」と頼めば、1 日目どこどこ、2 日目どこどこというように案を示してくれます。

 ChatGPT は、つじつまの合う文章で答えますが、実 際には事実に合った正しい答えを するとは限りませ ん。伊藤譲一さん(元 MIT メディアラボ所長)は、ChatGPT は「ったかぶりの友人」と思えと発言しています。それに対して、マイクロソフトの検索エンジン Bing(ビング)は ChatGPTと連携して BingChat と いうサービスをを提供しはじめています。ChatGPT と 同じように文章で問いを投げかけると、Bing で検索結 果を示すというものです。対話型の AI と検索エンジンの強みを合体させる意図で作られていますが、筆者はまだ未成熟の印象を持ちました。

◇プラットフォームがメディアに接近

 以上のような動向の中で、プラットフォーム企業が パブリッシャー(メディア)に接近しつつあります。ChatGPTを提供している OpenAI 社は、世界的通信社のAP通信と提携しました。AP の持つテキストベース の記事を、OpenAIが大規模言語モデルの学習のために使えるようライセンス供与するとのことです。AP は、引き換えに OpenAI の専門知識と技術を利用できるこ とになります。この動きの背景に、OpenAIや他の生成 AI 企業が、インターネット上の文章データを、作成者 の許諾無く勝手に利用していると 批判されていることがあります。実際、ニュースメディアの記事を勝手に学習させないよう規制する必要 があるとの声も高まっています。

 また、Google はニューヨーク・タイムズなどの有力 報道機関に対して、AIを使ってニュース記事を作成する製品を売り込んでいます。しかし、その能力については、まだ疑問が残るとの声もメディア側から上がっています。これらの動きは、いずれも複数のメディア が 2023 年 7~8 月に報道したもので、今後まだ、思いもよらない事が起きるかしれません。なお、日本の Yahoo! は今のところ表だった動きを見せていません。

◇記事づくりの助っ人

 『チャット GPT vs.人類』(文春新書)の著者平和博さん(元朝日新聞記者、桜美林大教授)は、ChatGPT は、いわばインターンだと思って活用したらよいと言っています。適切な使い方さえすれば、取材準備から記 事作成までのプロセスの各所において、優秀な“インターン”としておおいに役立つことでしょう。記者が 取材において収録した音声の文字起こしをすることは、専用ソフトの進歩により、かなりうまくできるようになりました。そのテキストファイルを、 ChatGPT に読み込ませると、話のまとまりごとに分割 するとか、そのそれぞれに見出しをつける、要約をつ くるといったことがすぐにできます。複数の取材情報 を 1 本のレポートに集約するようなこともさせられま す。その場合、取材が現場で対面で行われたのなら、 そこで得た実感ないしニュアンスをもとに、AI のアウ トプットに修正の手を入れることもできるでしょう。筆者が実際に ChatGPT を利用してみてわかったので すが、要約もさることながら、子ども向けにやさしく 書き直し てほしいという要求にかなりうまく答えてくれました。読者からのたくさんのコメントの整理 にも使えそうです。Yahoo!ニュースを見ると、ニュースによっては膨大なコメントがついていて、ほとんど見る気もし ないということがしばしばあります。まっとうなコメントも、多数のゴミのようなコメントの中に埋もれてしまっています。そんなこともあって、Yahoo!にニュ ースを配信している新聞社の自社サイトでは、通常、読者が記事にコメントできるようにはしていません。 しかし、AI を使えば、“まっとうな”コメントを自動 的に選び出して、趣旨別に分類したり、キーワードを 抽出したりすることができるでしょう。せっかくのデジタルな のに実はむずかしかった 双方向のニュース メディアが実現しやすくなります。ですから、たとえば前記の「みえない交差点」のところで、「コタツ記事」という言い方があります。 取材などせず、よそのサイトからの切り貼りで、人目 を引くテーマの記事(たとえば健康法など)を作ってアクセス数をかせぐ、広告収入ねらいの記事のことです。懸念されるのは、ChatGPT を使えば、そんなコタツ記事を膨大に作り出すことができるという点です。コタツ記事のライターではない、記者の「命」は、今後いくら技術が発展しようが、現場に出かけていって、取材対象に身体的に向き合うところにあるでしょう。この身体性や現場性というのが AI にはできない、 記者の最後の砦だと思います。

◇データジャーナリズム

 昨今、調査報道の分野では、データジャーナリズム という取り組みが目立ちます。このほど調査報道大賞 (報道実務家フォーラムとスローニュースが主催)で 部門賞を取った朝日新聞の「みえない交差点」はまさ にその例です。警察庁が公開している交通事故に関するデータの通常使われてない部分をさぐって、新しい 事実を発見したものです。

 また、軍部独裁の国における抗議運動の参加者の死が、軍の発砲によるものだという事実を、ベリングキ ャットという国際的なグループが、ニュースや SNS にアップされている映像の断片をつき合わせて解明しました。これも一種のデータジャーナリズムと言えま しょう。

 この類いは、特に OSINT(オシント、Open Source Intelligent)と呼ばれています。これらのデータジャーナリズムにおいて、AI が役割 を発揮する余地はおおいにあると言えます。その際、 AI を活用したニセ映像なども今後増える一方と思われますが、そうした困難を乗り越える努力が続けられています。

◇ストックのフロー化

 本誌 283 号で、私は、紙の新聞を平面とすると新聞のデジタル版は立体であると言い ました。立体であるがゆえに、量的、時間的、機能 的な制約から解き放たれすますすぐれた記者になり、深く考える読者はますますそういう読者になるということです。そんな記者と 読者が出会い、対話ができるメディアをつくっていきたいものです。