随筆集

2023年10月16日

63年前の浅沼稲次郎委員長刺殺、長尾靖さんのピュリツァー賞作品を巡って

 14日付「東京新聞」最終面の連載「一枚のものがたり」で社会党の浅沼稲次郎委員長が刺殺されたテロ事件の現場写真が取り上げられた。

 1960年10月12日、日比谷公会堂で開かれた自民党・社会党・民社党3党首立会での演説会。《暗殺の決定的場面、それをほぼ同じ角度から撮った2人のカメラマンがいた。東京新聞の吉武敬能(たかよし)(92)と、毎日新聞の長尾靖(2009年に78歳で死去)だ。2度目の刺突の直前、浅沼に向かって短刀を引いて構え、まさに突かんとする瞬間を捉えた》

 左が東京新聞、右が毎日新聞の夕刊で特報された写真である。

 記事では《輪転機を止めて夕刊に写真と記事を突っ込み、東京新聞のスクープとなった》とあるが、毎日新聞も当然のことながら最終版の追い掛けをとって1面トップで写真を入れた。「東京新聞のスクープ」は言い過ぎである。浅沼さんの死亡時刻は午後3時05分だった。

 「一枚のものがたり」では、この2枚の写真の違いを検証している。撮影したカメラはスピグラ(スピード・グラフィック)と呼ばれる大型カメラ。フィルムは4×5㌅で、12枚撮影可能だ。

 《「ストロボです」。吉武が写真部長時代にデスクを務めていた佐藤健三(90)が明かす。同じスピグラでも、長尾のは最新式のストロボ付きで、閃光(せんこう)時間1000分の1秒で瞬間をとらえる。吉武には旧式のフラッシュバルブしかなく、100分の1秒程度でしか撮れない。この差により吉武の写真はややブレていて、シャープさに見劣りした》

 で、毎日新聞の長尾靖さんの写真は、毎日新聞のビル内に事務所があった通信社UPIから全世界に配信され、《米国人以外で初のピュリツァー賞(写真部門)に輝くなど数々の栄誉を得た》。

 東京新聞の吉武カメラマンは、「特ダネ賞2000円ナリ」を得たのみだった、という。

 長尾さんの写真のネガは毎日新聞社に保存されている。最後の1枚で撮影した証拠の「12」という数字がネガに入っている。

 まさに一発勝負だったわけだ。

 もう一度2枚の写真を見比べてもらいたい。右側の長尾さんの写真は、演壇の3党首の名前が読める。構図が決まっているのである。

(堤  哲)

*毎日新聞創刊150年記念出版『目撃者たちの記憶』毎日新聞写真部OB会編(大空出版2022年刊)202~3p見開きでこの写真のことを取り上げている。筆者は61入社中尾豊さん。併せてオリジナルネガを発見し、保存していることをこの本の編集責任者佐藤泰則さん(元写真部長、84入社)が書いている。