2023年9月19日
元論説委員、野澤和弘さんが新著「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』
37年にわたる新聞記者生活の多くを社会部と論説室で過ごし、児童虐待や障害者虐待、ひきこもり、いじめ、社会保障制度などを取材してきました。
2019年に退社し、現在は大学に仕事の場を移しましたが、毎日新聞客員編集委員の肩書を得て、医療プレミア(WEB)と夕刊に「令和の幸福論」という連載をしています。
連載を大幅に修正・加筆し再編成したのが新著「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』」です。バブルのころから日本社会の本質の変容が人々の暮らしにもたらしているものを分析し、未来の希望を展望しました。
第1章 あの風はどこへ
第2章 未来がすりつぶされる
少年事件と厳罰化/内向するエネルギー/自信を持てない若者たち
第3章 大人たちの憂鬱
父というリスク/尾崎豊は何を壊したかったのか/解体される正社員
第4章 楽園とスティグマ
津久井やまゆり園事件の深層/人間にとって自由とは/ALS嘱託殺人
第5章 令和の幸福論
生きるとは何かを失うこと/当事者という希望/ゆっくり歩くと風がやさしい
終章 宝の島はどこにある
現役の記者のころは目の前の事件や出来事を追うのに必死でしたが、長い時間を経過して違う角度から見ることで、当時はよくわからなかったことが浮かんできたりもします。じっくりと時間をかけて当事者の視点で多重なテーマを追うことを「スロージャーナリズム」と私は名付けています。
情報テクノロジーの進化と普及が個人と社会をつなぐ回路を飛躍的に増やし、メディアを取り巻く環境は一変しました。ジャーナリズムが担うべき機能も従来とは異なるものになるように思います。
(野澤 和弘)
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それでも、薄暗がりのなかでは見えないだけで、乾いた荒れ地から小さな芽が出てくるのを感じたりもする。
東京大学で「障害者のリアルに迫る」ゼミを開講して10年になる。ほとんど身体が動かない重度の障害者も駒場キャンパスの教室にやってくる。目の前で彼らを見て、声を聞き、言葉を浴びる。自分の感性と知性で正解のない問いに向き合う。受験勉強では味わえない体験をするゼミなのである。
学歴社会の頂点に駆け上がった学生たちが、重度障害者の言葉に心を震わせている場面を何度見ただろうか。バブルを知らず、坂道を下っていく社会のなかで育った東大生たちの価値観が軋む音が聞こえてくる。
未来を絶望の色で塗りつぶしてしまうわけにはいかない。小さな芽が無数に顔を出し、荒れ地が一面緑に変わる日を信じて、あのころふいた風をもう一度探す旅に出よう。
(はじめに より)
「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』は中央法規出版。定価1700円+税
野澤和弘さんは1959年静岡県熱海市生まれ。83年毎日新聞入社、津支局、中部報道部、東京社会部、科学環境部、夕刊編集部長、論説委員を経て、2019年退社。現在は植草学園大学副学長・発達教育学部教授、東京大学非常勤講師、上智大学非常勤講師、一般社団法人スローコミュニケーション代表、社会福祉法人「千楽」副理事長、社会保障審議会障害者部会委員など。
単著として「スローコミュニケーション」(スローコミュニケーション、2020年)、「あの夜、君が泣いたわけ」(中央法規出版、2010年)、「条例のある街」(ぶどう社、2007年)、「わかりやすさの本質」(NHK出版、2006年)