随筆集

2020年8月11日

来年も8・6にはヒロシマへ——88歳、関千枝子さん

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 関千枝子さんのブログ8月上旬号——。

 新型コロナの蔓延とまらず、小池都知事は、不急不要の出掛けは控えろ言っています。そんなことで今年の廣島原爆忌 8月6日は広島行きを止めた人、団体が多く、市の式典もほんの少数に制限、総理ら要人が来ているためか、式のときは、平和公園の式場のあたりは一般の人を入れず腹立たしい86でしたが、私は「不要」ではないぜひとも広島に行くぞと広島に行ってきました、私の作品「広島第二県女二年西組」を朗読劇にしてくださっているグループが幾つかあるのですが、そんな公演が、コロナのため全部中止になる中、一つのグル―プは大阪府島本町の平和反核の展示会で観客を20人にしぼってですが、公演を成功させたのです。奇跡的な事と思いました。その俳優の方々が、広島に見えるというので、私も張り切り関係場所を紹介し、また6日、街の慰霊祭は取りやめたところが多いのですが、私の学校の慰霊祭はちゃんとやったのです、俳優の人たちも参加し、花を捧げてくださいました。当時の先生が99歳になる方(女性)がいらっしゃるのですが、先生この日福山から見え、私が慰霊祭に来たことを涙を流して喜んでくださいました。

 本当に残念な86でしたが、私にとっては忘れられない8月6日になりました。

 式典でも広島市長は平和宣言で、核兵器禁止条約に署名、批准せよと言ってくださいました。去年までは少しもこもこしていたのですが、今年は、決然と。それに対して相変わらず触れようともしない安倍総理、私は本当に腹立たしく思っています。

 ヒバクシャにもさまざまな考えの方がおられますが一致しているのは、あんな爆弾はもういらない。ヒロシマナガサキで終わりにしよう、あんなひどい爆弾はどこの国人の上にも落としてはいけない、ということです。それを実現するには核兵器禁止条約しかありません。

 とかく弱腰の廣島市長が今年ははっきり言ってくれたこと本当にうれしかったです。

 いつの8月5日、6日には人で一杯になる広島でしたが、今はコロナのため本当に寂しかった。でも広島に来た人もたくさんいるし、皆さん核兵器廃絶の思いを強くされたと思います。

 原爆から75年。広島は本当に美しくたくましく繁栄しています。然し私は75年前のことが今もそのまま甦ります。私のクラス全滅したクラスメートが生きていたら。クラスメートのためにも生徒を抱きおんぶして死んだ恩師のためにも;私の生きている間に核兵器をなくしたい。

 でも、それは難しいかなあ、今回の旅有意義でしたしコロナも大丈夫ですが、何しろ私も88歳、相当くたびれました。でもまだまだ頑張るぞ。来年もまた86にはヒロシマに行きたい。