随筆集

2021年4月12日

英国フィリップ殿下の小さな思い出=元ジャカルタ特派員、秋山哲さん

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ロンドン五輪開会式出席のエリザベス女王(中央)と殿下(右)=毎日新聞紙面から

 4月9日に99歳で死去されたイギリスのエディンバラ公フィリップ殿下には小さな思い出がある。

 1975年だからもう半世紀近くになる大昔の話である。当時、私はジャカルタ特派員だったが、エリザベス女王がインドネシアに非公式で寄港された。オーストラリアからの帰途だったと思うが、王室ヨットで女王一行は到着した。

 どういうわけか、女王はインドネシア駐在の外国特派員だけを招いて茶会を開いたのである。みんないそいそと出かけた。部屋の入り口で女王が記者たちを迎え、握手を頂戴した。

 女王は部屋の中を巡って、一人一人に声をかける。難しことを聞かれたら乏しい英語力で対応できるか、と不安だったのだが、「あなたはいつからインドネシアにいるのですか」と、こちらの対応力を見抜いてか、単純な質問であった。

 一安心して、ソビエトのタス通信の特派員とグラス片手に話しているところへ、スラリと長身のフィリップ殿下が、にこやかにやってきた。こちら二人がそれぞれ名乗りをすると、彼は質問したのである。

 「インドネシアで、日本の記者とソビエトの記者が何語で話しているのか」

 この人、ウイットの利いた話をするといわれているが、正にそうであった。

 私が答えたのだが、後で考えても、うまい答えをしたのである。

 「残念ながら英語で話しています」

 その後、殿下は近々、日本を訪問する、という話をしてくれた。1975年5月に女王夫妻は日本を公式訪問しているが、その話である。

 そして、女王の日本訪問は初めてだが、自分にとっては日本は2回目だという説明であった。1回目はいつだったのかと聞いた。その答え。

 「海軍に勤務していてミズーリ号に乗っていた。日本の降伏文書署名式を見ていた」

 1945年9月2日、東京湾に停泊したアメリカ戦艦ミズーリ号の甲板で、マッカーサー元帥や重光外相らが署名するのを、女王と結婚する前のイギリス海軍士官フィリップは見ていたのである。この場面は映像でよく見るが、甲板の上には、白い軍装の人たちが歩き回ったり、式典を覗き見たりしている。その中にこの人はいたのである。

 これは、あまり知られていないことではないだろうか。フィリップ殿下の訃報を見て、書き残しておこうと思ったのである。

(秋山 哲)