随筆集

2022年3月15日

40数年ぶりの天文回帰 コロナ禍がくれた空白の時間 河野俊史・前スポニチ社長が「上を向いて、望遠鏡を」

画像
M31(アンドロメダ銀河)=南房総市千倉で

 その昔、天文少年でした。中学、高校、大学と、山に登り、島に渡っては時間が経つのも忘れて星空を見上げていました。アポロ宇宙船が月に到達し、日本初の人工衛星も打ち上げられた、そんな時代が影響したのかもしれません。

 それでも次第に興味と関心が地上に向いてきて、新聞社に入ってからはひたすら地べたを這いずり回るような日々でした。ワシントン特派員時代に米航空宇宙局(NASA)の取材を担当し、スペースシャトルや火星探査機の記事を書いていた以外は、星空のことなどすっかり頭から消えていました。

 40数年を経て、思わぬことが天文回帰のきっかけになりました。新型コロナウイルスの感染拡大です。それまでほぼ毎晩だった会食や会合がことごとく中止になり、ぽっかりと夜の時間ができたのです。ちょうど、仕事をリタイアする時期とも重なりました。

 本当に久しぶりに夜空を見上げました。光害のど真ん中の東京・中野の拙宅から見える星はせいぜい2等星止まり。半世紀近いブランクで星座や1等星の名前も忘れかけていました。それでも深夜の静寂の中で、雑念を遮断できる時間は心地よく、何より懐かしいものでした。

 ニコンを退職した友人の勧めでZ50という小型軽量のミラーレスカメラを購入し、天文ショップの新春福袋セールで中国製の安価な屈折望遠鏡(口径80mm)を入手して、星空の写真を撮り始めました。新しい望遠鏡を買ったのは、コツコツ蓄えた貯金をはたいた中学3年のとき以来です。驚いたのは、アナログからデジタルへと時代が移り変わる中で、カメラや望遠鏡の性能が格段に進化していたことでした。

 天体写真は一般の写真と違って、星からの淡い光を長時間露出で捉えなければなりません。しかし、その間に星たちは日周運動で動いてしまうので、点像にするためには赤道儀などの架台を使って追尾するのです。フィルムカメラだった学生時代は、コダック社のトライXという高感度の白黒フィルム(新聞社でも昔、長巻を使っていましたね)を増感現像して、微かな星の光をあぶり出したものです。写っているかどうかは現像してみるまで分かりません。星の動きを追いかける赤道儀は手動で操作していました。

 それがデジタルカメラになって一変していました。一枚一枚のカットはその都度、結果が確認できるだけでなく、パソコンで複数枚の写真を合成するコンポジットという方法で淡い光をさらに浮き上がらせたり、ノイズを減らしたりする処理が可能になったのです。望遠鏡や赤道儀もWi-Fiで接続したスマホの操作で目的の星雲や星団を自動的に導入し、その動きに合わせて自動追尾してくれる時代です。

画像
M45(プレアデス星団・すばる)=南房総市千倉で

 さらに隔世の感があるのは、街路灯などの光害をカットし、星からの光の帯域だけを透過するBP(バンドパス)フィルターという特殊なフィルターを使うことで、都会の街中でもそこそこの写真が撮れるようになったことです。中野の我が家は木造3階建ての狭小住宅ですが、周囲に張りめぐらされた電線越しにベランダから星雲や星団の写真が撮れたときは、ちょっとした感激でした。何しろ、ほんの数キロ先は不夜城の光害地・新宿なのですから。天体写真の世界は昔とは様変わりしていました。

 とはいえ、暗い空に勝るものはありません。昨夏以降、時間に少し余裕ができたこともあって、時々、遠征に出ています。月明かりの影響を受けない新月の時期、目的地は千葉県南房総市や館山市です。自宅から車を2時間余り走らせると、今でも肉眼で天の川が見える空が広がっています。

画像
M42(オリオン大星雲)=南房総市千倉で
画像
いっかくじゅう座のバラ星雲=同

 望遠鏡を使った星雲や星団の写真だけでなく、カメラ用の広角レンズや魚眼レンズを使った星景写真も最近の流行りです。ヤフオクで格安の中古レンズの掘り出し物を探す楽しみも増えました。行った先で同じような天文マニアに出会うことも少なくありません。定年後、数十年ぶりに天文復帰したという同世代の人たちが目立ちます。

 話題のタネに、撮った写真を何枚か元写真部長の佐藤泰則さんに見せたら「この写真、アーカイブに下さい!」と声を掛けてもらいました。この世界の専門家から見れば足元にも及ばないレベルですが、何かの資料としてお役に立つことがあればと数枚を毎日フォトバンクに登録していただきました。天文少年、転じて天文老人の仲間入りをして1年目。思わぬ励みになりました。

(河野 俊史)

 河野俊史さんは1978年入社。仙台支局、東京社会部を経てワシントン、ニューヨーク支局。東京社会部と外信部の各デスク、北米総局長、社会部長、東京編集局長、大阪本社代表などを務め、2015年からスポーツニッポン新聞社社長。21年6月退任。

画像
オリオン座の馬頭星雲=南房総市千倉で
画像
ケンタウルス座のオメガ星団=館山市伊戸で
画像
M27(こぎつね座の亜鈴状星雲)=東京都中野区の自宅で
画像
M1(おうし座のかに星雲)=東京都中野区の自宅で