随筆集

2023年4月10日

スマホ社会で、「面と向かう大切さ」を実践し、見せてくれたWBCの選手たち

=元運動部、江成 康明さんのブログ「なんか変だなぁ」3号転載


 頭ではわかっていても、言葉だけで言い表すことのできないもどかしさを感じることがある。とくに、ネット社会に慣れ親しんだ若者たちに「スマホより直接対話」「オンラインよりFace to face」「メールより手紙」と言ってもなかなか理解してもらえず、私自身もそれ以上うまく説明できずにいた。要はメールやSNSで相手とのやりとりはできるし、面と向かわなくてもオンラインで意思疎通を図ることができる。Face to faceで相手の表情を察知することや万年筆で書く手紙のぬくもりの実体験が少ない若者に、その良さをいくら説明しても砂上の楼閣のようなものだった。

 そんな状況がずっと続いていたのに、野球の世界一決定戦ともいえるWBCに出場した侍ジャパンのメンバーがいとも簡単に「面と向かう大切さ」を実践し、見せてくれた。世代を超えて初めて共有できたネット社会での共通認識だったのではないだろうか。一人一人のごく自然な身体性が醸し出した人間本来の伝える力。タイムパフォーマンス重視の時代では旧聞の話題かもしれないが、やはり書き残しておきたい。

 選手の中で最も年長者であるメジャーリーガーのダルビッシュ投手がチームに早くから合流し、若い選手たちに投手としての心構えや球種を伝授した。身振り手振りの指導やメジャーでの体験話が、どれほど若い選手の心に突き刺さったか。気持ちを一つにするために、積極的に食事会も開いた。日本を代表する一流の選手たちだ。目を見ながら一言話せば、通じるだけの人間性も技量も持ち合わせている。直接対話で侍たちの絆は深まっていった。

 一次ラウンドで不振に陥った村上選手の背中を後押ししたのもメンバーだった。プロという競争社会でありながら、村上選手の三冠王の実績を信頼し、励ましていたという。眉間のしわ、下を向きがちな目線、肩を落とす様は真剣勝負をする選手たちにとって他人ごとではない。スランプは誰にもある。声をかけた先輩がいた。背中をポンと叩く後輩がいた。目で頑張れという選手もいた。オンラインではできない臨場感のある全員の仕草を肌で感じていた村上選手が準決勝、決勝で大活躍したのは、記憶に新しい。

 二刀流の大谷選手は身体全体で野球の面白さ、楽しさを満喫していた。目の前で躍動する姿を見せられれば、誰もが笑顔になる。一球一球声を出しながらの投球。ベースに立った時のベンチを鼓舞する全身でのポーズ。若手選手の緊張感を払しょくする冗談交じりのいたずら…。

 そして、決勝戦の前には彼にしか言えない言葉でチームメイトを励ました。「きょうは(大リーグ選手への)憧れをやめましょう」。憧れを持っていたら、それだけで気後れしてしまう。大リーガーに勝るとも劣らず、の気迫の必要性はMVPにも輝いた彼なりの言葉であり、日本選手が初めて聞く一段上の思考だったはずだ。現場でしか叶えられないチーム間の心の交流でもあった。

 吉田選手や近藤選手ら他の選手の存在も大きかったが、栗山監督が選手全員に手紙を書き、選手の部屋に置いておいたというのも、素敵な話だ。メールで済む時代だが、栗山監督は選手個々に対する思いを手紙にしたためた。選手たちが気持ちの高ぶりを抑えながら読んだのは、想像に難くない。

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 WBCでの侍ジャパンに日本中が湧いた。誰もが知っているエピソードだろうが、スマホやメールなどの無機質な機器では到達できない「人間だからこそ」の心の通いを短期間に教えてくれた。これこそが、アナログ時代を経験してきた昭和生まれが伝えたかったことだったのではないか。「日本が世界一になってよかった」「野球が好きになった」というだけでなく、選手たちが、テレビで見ていた人たちがなぜあんなに明るく、楽しく戦えたのか、が何よりのヒントになる。今、ネットより大事なものを諭すには、「侍ジャパンの笑顔」というだけで済むだろう。

 折しもこの春、コロナ危機から開放されて数年ぶりの送別会、歓迎会が各所で開かれている。テレビの映像には、マスクを取って対面で話ができる嬉しさ、喜びにあふれている。満開の桜名所を訪ねる人たちの会話も弾んでいる。大自然の中での語らい、肌に伝わるお日様や風の感触は人の脳をプラス回転にし、スマホに向かっているだけでは味わえない気持ち良さも運んできてくれる。

 コロナ危機は、オンラインでも仕事や勉強ができることを証明した。今後さらにネット中心の世界になることは確実だが、人間同士が相手の表情や話し方などを感じながら生きていくことも不可欠だ。ネット社会に物申す、としたら、今が絶好のチャンス。侍ジャパンが「人間味」を思い出させてくれた。

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 今回は誰にも笑顔をもたらした「すごく良かった‼」の出来事を書き綴ったが、よくよく考えると、人と人が会って会話をする大切さ、を言わなければならない時代そのものが「なんか変だなぁ」なのかもしれない。一人一人の気づきが広がれば、きっと何かが変わる。そう、信じている。

(元運動部、江成 康明)

 江成 康明さんは 田舎人(いなかびと)と称して、長野県白馬村でペンション「白馬さのさか 憩いの宿 夢見る森」を経営。