2025年1月17日
オックスフォード英語辞典(OED)が採用したgaman
元外信部長 中井 良則
オックスフォード英語辞典(Oxford English Dictionary,OED)は無数にある英語辞書の中で最も信頼され権威があるとされます。オンライン版は年に4回更新され、新しい単語や語義が採用されます。見出し語に「昇格」した新語は、あのOEDが認めたのだから英語の仲間入りを果たした、といえるわけです。その単語が「どんなもんだい」と胸を張るのか「英語なんかにしないでくれ」と背を背けるのかはわかりませんが。
さて、最新の2024年12月のアップデート(update,OEDはこう呼んでいます)では500以上の新語やフレーズ、新しい語義が追加されました。日本語は11語ありましたが、gaman(名詞、動詞)が含まれていることに気づき、「へえー」と思った私はフェイスブックに投稿しました。フェイスブック仲間である毎友会編集長(勝手にこう呼ばせてもらってもいいでしょうか)の堤哲先輩のアンテナに引っ掛かり「この話題、毎友会に書けないか」とありがたい注文があった、という次第です。
◎「伝統的に美徳とみなされる」本当に?◎
前置きが長くなりましたが、OEDはgamanをどう解釈しているか。語義はこうなっています。
gaman noun In Japanese culture: the capacity to endure hardship or misfortune with dignity, patience, and resilience, traditionally regarded as a virtue. Cf. gaman v.
ちょっとさぼって、マイクロソフトのAI(人工知能)であるCopilotに日本語への翻訳を聞くと、こんな答えでした。最近の翻訳アプリはなかなか優秀です。
「我慢 (名詞): 日本文化において、困難や不幸を尊厳、忍耐、そして回復力を持って耐える能力。伝統的に美徳と見なされる。参照:我慢 (動詞)」
AIが「美徳」と訳した最後のvirtueが肝腎です。徳、善、道徳的美点、長所とも訳せる言葉です。この語義を読むと、gamanとは、普通の人間にはなかなか実行できそうにない振る舞いであり、日本では誉め言葉だ、とOEDは理解しているようです。
◎gamanと我慢のずれ◎
本当かな?とクエスチョンマークがつきませんか。日本の国語辞典では「我慢」をそこまで誉め言葉とはとらえていないようです。
ためしに新明解国語辞典(第八版)を見てみましょう。
「がまん【我慢】精神的・肉体的に苦しい事があっても、意地で凌(しの)ぎ通し、弱音など吐かないこと」
用例には「我慢を強いる」「やせ我慢」など、不本意で無理な状態に追い込まれる言い方を挙げています。gamanと我慢の間にはずれが生じているのでしょうか。
◎日系人が英語に持ち込んだ日本語◎
OEDはその言葉が使われてきた歴史を記録するのが特徴です。gamanの項目で引用された最初の使用例は1973年のサンフランシスコの新聞記事です。第2次大戦中、強制収容所で日系人が子どもたちにgamanを教えた、という文脈で使われていました。ほかの二つの使用例も日系人や日本の武道に関する英語の文章です。
そうです。gamanは日系人が英語の世界に持ち込んだ日本語の一つです。見知らぬ土地にやってきた一世が子どもや孫の世代に口をすっばくして教え込んだ移住日本人の生き方だった、と言っていいでしょう。
私はボランティアで海外日系人協会の常務理事を務めています。毎年、世界各国の日系人が東京に集まり海外日系人大会を開きます。そこでは現代の日系社会が祖父母や父母から受け継ぐレガシーは何か、が話題になります。いつも出てくる言葉がgamanなのです。米国でもブラジルでもペルーでもgamanは大事な日本らしさとして日系人社会で共有されています。
たとえばハワイの日系人社会が運営するホノルルの博物館、ハワイ日本文化センター(Japanese Cultural Center of Hawaii)。入り口には12本の石碑が並び、日本語が刻まれています。「孝行」「恩」「頑張り」「仕方がない」「感謝」「忠義」「責任」「恥、誇り」「名誉」「義理」「犠牲」とともに「我慢」があります。最近の日本ではあまり使わない言葉ばかりです。いや「仕方がない」はよく使うか。
ともかくセンターのサイトは「われわれが共有する核となる価値観は世代をこえて受け継がれています。草分けとなった一世が日本から持ってきた価値観(Kachikanと日本語がローマ字表記されている)です」と解説しています。我慢は「静かな忍耐。我慢とは、人生の困難を受け入れ、それに対処する能力を意味します。それは、勤勉さと忍耐力を持って、自分の尊厳と名誉を保つことです」という説明です。先に挙げたOEDの語義は、新明解国語辞典ではなくハワイ日本文化センターの定義に近いようです。
◎日系人社会を越える広がり◎
一世が大切な価値観として守り米国にもたらした我慢。明治から昭和戦前の日本社会で当たり前とされた生き方だったでしょう。それを聞き覚えた二世、三世は父祖の苦労と重ね合わせ、gamanを英語で使い始めました。通用範囲が日系人社会の内部だけだったら、OEDが見出し語に採用するには至らなかったでしょう。「英語の仲間入り」を果たすには、日系人というエスニック・マイノリティ(少数民族集団)の外に飛び出し、より広い英語の世界で使われなければなりません。
どんな風に使われているか。ニューヨークタイムズのサイトでgamanを検索すると53本の記事が出てきました。東京特派員の経験もあるコラムニスト、ニコラス・クリストフは東日本大震災直後のコラム(2011年3月11日)でgamanという言葉を使い、自然災害を耐え忍ぶ日本人を褒めました。
しかし、伝統的な美徳としてのgamanだけが記事になるわけではありません。社会のネガティブな面を取材するのが日本でもアメリカでも新聞記者の習性です。
日本でうつ病が広がっているという記事(2002年8月10日)では、治療を受けようとしない風潮があるとして恥の文化とともにgamanを指摘しています。俳優や有名人の自殺を扱った記事(2020年10月5日)でも、gamanに価値がある日本社会では個人の内なる葛藤を隠す圧力がある、と説明します。現代の日本社会ではgamanが個人の生き方を束縛しているという側面に力点が置かれるわけです。日系人の美徳や能力から離れた第二の意味になってきました。現代日本で使う我慢に通じるものがあります。
◎アメリカ人がgamanする時は◎
いずれにしても、アメリカではgamanは日本人や日本社会を描き出す時に使う言葉であり、日本分析のキーワードとして英語の役割があるようです。アメリカ人やアメリカ社会をgamanとは形容しません。
私は、英語のニュース記事に出てくる新語や流行語を拾い集めて、その由来や用法を調べています。英語の先生向けの月刊雑誌「英語教育」(大修館書店)で「今月の時事英語」という2ページの連載を書き続けるためです。毎月4語を選び、20年以上続けているので、1000語以上を取り上げました。毎日新聞社にいたころは「内職」とか言っていましたが、リタイアしたいまは面白い作業で励みになってきました。そのネタ集めに英語の辞書サイトをのぞくので、OEDのgamanも知ったわけです。OEDは今回、dorayaki(どら焼き)、maneki-neko(招き猫)、sando(サンド,サンドウイッチ)などの日本語も採用しました。それぞれの単語に日本語から英語へ変身する物語があるでしょう。
gamanの対象はいまのところ、日本限定のようですが、2025年はアメリカ人に対しても使える言葉に脱皮するかもしれません。第2次トランプ政権のローラーコースターのような激流に放り込まれるアメリカ人が「大統領任期の4年間さえ終われば」と耐え忍ぶなら、gamanと呼ぶにふさわしい、というコラムが登場しそうです。日本限定語から一般語となります。その時こそ真の「英語の仲間入り」と認めるべきでしょう。 (おわり)
筆者・中井良則さんの経歴――。
1975年入社。振り出しは横浜支局。社会部(サツ回り、警視庁、遊軍)を経て外信部。ロンドン、メキシコ市、ニューヨーク、ワシントンの特派員。イラク戦争の時は外信部長。2009年、論説副委員長で退社。公益社団法人日本記者クラブで事務局長・専務理事を務め、2017年退職。