2025年3月11日
「選択的夫婦別姓制度」と私(成田 紀子)

結婚して長女が生まれるまでの約5年間、私は年賀状を出す際に自分の姓を旧姓にするか、新姓にするかずっと迷いながら、結局旧姓で出していた。時は1965年から1970年の頃。
結婚前の私の存在は「無」なのか?
結婚を決めた際、私は夫にいくつかの要求を出したが、苗字については忘れていた。当時は夫の姓になるのが、当然の慣習だったからか?
結婚届を出すときには、長男である夫は当然のように自分の姓で申請している。話し合いはなかった。私も会社への届けは夫の姓で出した。しかしあちらこちらへ変更の届けを出しているうちに、私の旧姓など全く問題にされないのだな、と思った。
そんな時、社内の先輩の一人が、旧姓の方が下の名前に合っていると言っていたことが、今でも頭の隅に残っている。私はただ一人悶々としながら、私信はその後ずっと旧姓で出していた。2年ほど経過したころ、男性の友人から、旧姓をいつまで使うんだ?どうするのか?と聞かれた。結局私もどう答えてよいかわからなかったが、やっぱりわかってもらえないのかと残念に思った。その頃ちょうど結婚した友人には、かなり強力に旧姓を通さないとつぶされてしまうからと忠告などはしていた。しかしその彼女は、ちょうど旧姓で懸賞小説に応募し、入選したために、その後は旧姓で社会人生活を送ることに成功している。
一方私はというと、やはり地味な会社員の一女性にとって、結婚までの人生は無きに等しく、ルーツなんて無視されてしまうのかと、静かに自分の胸に納めるしかなかった。
当時、女性同士でもほとんど苗字について話した記憶はない。私が話したのは、前述した小説家の友人だけだった。ほとんどの女性が専業主婦になった時代、そんな話をしても取り合ってもらえなかったろう。むしろ結婚して夫の苗字になりたいという女性もかなりいたのだから。私も出産した後の年賀状などには家族全員の名前を載せるにあたり、仕方なく夫の姓を使うようになった。それにしても私の結婚前のルーツは、戸籍謄本を見ない限りわからないわけで、何とも釈然としない思いが続いていた。
覚えられない新姓
私は、中学・高校が女子だけの学校だったので、同期会の折には、必ず新姓と旧姓を併記した名札が必要になる。名札を見なくては、会話を進めるのがなかなかむずかしい。昔の思い出は、昔の名前で思い出せるものである。学生時代の友人たちの名前は、頻繁に会わない限り、新しい苗字をなかなか覚えられない。
私の場合、仕事面で考えると、結婚前からしていた仕事は、外部の方との接触はあまりなかったので、その後名前が変わってもほとんど問題はなかった。旧姓については、あえて私が引っ張り出して話をしない限りは、話題とはならなかった。要するに、その頃は旧姓を使いたいという女性たちの声は、まだ水面下にあったようだ。しかし時たま、結婚前からの友人に旧姓で声をかけられたときには、なんとなくうれしい気持ちで返事をしていた自分に気づき、やっぱりと思うことがよくあった。
旧姓を使う女性たちを知る
私が55歳で毎日新聞社を繰り上げ定年してスポーツニッポン新聞社へ入った時、旧姓を使って働いている若い女性たちを知った。約30年ぶりに私は昔の自分の秘めた思いを思い出していた。彼女たちは職場で旧姓を通しているようだった。その当時、まだ夫婦別姓について世間で取り沙汰されることはなく、それぞれの女性の心のうちで、ふつふつと声を上げていたのかもしれない。社会的には平成8年(1996年)と平成22年(2010年)に法務省の法制審議会において選択的夫婦別姓制度の導入が提言されているが、国民各層には様々な意見があるとして、国会提出には至っていない。そのうちスポニチの女性社員もいつの間にか戸籍上の姓を使うようになっていたので、理由を聞いたところ、仕事上どうしても戸籍の名前を使わなければならないこともあって、非常に煩わしいので、旧姓使用はやめざるを得なかったとのことだ。
恥ずかしい国「日本」
昨年は、経団連からもビジネス上の必要に迫られたためか、「選択的夫婦別姓制度」を早く認めるようにとの要請があった。社会に多くの女性が進出するようになり、世間的にも見過ごせなくなっているのであろう。さらに10月には、国連女性差別撤廃委員会が日本政府へ「選択的夫婦別姓を実現するための法改正をすべき」と4回目の勧告をしている。しかし石破総理は、総理大臣になる前は、早く「選択的夫婦別姓」を認めるべきと言っていたのに、総理になってからは手のひらを返したように、自民党の一部の反対意見に配慮してか態度を変えている。
周知のとおり、夫婦同姓が法的に義務付けられているのは、先進国の中で日本だけ。夫婦同姓は、別姓に比べ、良い絆の深い一体感ある夫婦関係、家族関係が築ける制度といわれているが、それで家族関係が保たれているとは思われない。現に国民の7割が選択的夫婦別姓に賛成している。
日本では、95%もの妻が夫の姓に変更しているが、夫婦の関係が対等でないと感じたり、慣れ親しんだ姓を変える違和感を感じたり、仕事のキャリア断絶やアイデンティティーの喪失感は、個人の尊厳を脅かす人権の問題だ。
私にはどうしてもわからないことなのだが、何故、女性である自民党議員の高市早苗が「選択的夫婦別姓」に反対するのか。しかも「選択的」というからには、選択の自由があるのだ。神道政治連盟が総選挙での推薦にあたっては、選択的夫婦別姓に反対する公約書の提出を求めるという、また統一教会などへの配慮から、明治時代の古い家制度を引きずる古い価値観へのしがみつきが、今の世の中で根底に流れているとしたら、全く方向を間違えるだろう。
1月11日付の毎日新聞によると、日本各地の中小企業において、多くの後継者難が生じているが、結婚した娘が生家の事業を承継する場合、その姓が変わってしまっているので、ビジネスの現場でいろいろな支障が発生する。そのため事業継承をあきらめるような状況もでているという。少子化が進んでおり、しかも日本の中小企業がほとんどファミリービジネスであるため、大きな問題となっているとのこと。
私の場合は、単に改姓前の自分の人生が無視された感じのなんとももって行き場のない悲しい気持ちだけで、実際に実害はないが、ビジネスにおいては、いろいろ問題が出てくる。女性活躍が取り沙汰される現在、実際に活動しやすい仕事の枠組みを整えるためにもまず基本の法制度を速やかに整備してほしいと思う。
少数与党となった現在、石破首相も早期に結論を出さざるを得ない状況に追い込まれている。一方彼が最も気にしているのは、自民党内の保守系議員が高市氏の下に結集して、自民党が分断されるのではないかという恐れである。
実際、法制審議会が「選択的夫婦別姓制度」の導入を答申してから約30年。何をもたもたしていたのかと思う。
現在の国会で審議しなければならない法案は山積しているはず。それらの中で「選択的夫婦別姓制度」は、すでに多くの女性が社会進出している現在、単に女性だけの問題では済まされない、日本の国としてもはなはだみっともない問題だ。自民党は逃げずにまともに取り組んで、早く結論を出してもらいたい。
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成田さんは63年入社。東京本社販売局販売管理部、代表室委員、販売企画本部などを歴任。
(成田 紀子)