2025年3月13日
続・M I Tサムエルソン教授インタビュー
毎日新聞発行の「エコノミスト」誌77年5月24日付に7㌻特集となった、ノーベル賞受賞の経済学者ポール・A・サムエルソン教授のインタビュー。70年入社高谷尚志さんと同席した、当時フルブライトでプリンストン大学留学中の69年入社福島清彦さん(元野村総研エコノミスト・立教大学教授)が思い出を寄せた。


高谷さんと同行し、サムエルソン氏と会ったときの記憶は、50年以上前のことなので、あまりはっきりしない。めがねの奥から優しいまなざしで私たちを見つめ、ゆっくり話されたことが記憶に残っている。日本の経済政策のあり方について話されたと思う。
サムエルソン氏の真骨頂は、しかし、テレビに出てくる経済評論家たちのような話題を提供する、気の利いた論評ではなかった。経済学での多くの理論を構築したことが、サムエルソンの最大の功績である。当時、まだ駆け出しの研究者だった私は知らなかったが、後日勉強してゆくとサムエルソンの(評論家ではなく)理論家としての蘊蓄の深さを知ったのである。若手の弟子と共にサムエルソンが確立した経済理論が大変多い。「ストルパー・サムエルソンの定理」とか、「サムエルソン・ヒックスの加速度モデル」など、サムエルソンの名のついた難しい経済理論は10以上あると思う。
サムエルソンは良き教育者でもあったようだ。著書『Economics』は長年、アメリカで経済学部の講義を受ける者にとって、文字通りの必読文献であった。サムエルソンの弟子には、これまたノーベル賞をもらったジョセフ・スティグリッツなど、多くの大学者が出ている。同時にサムエルソンは優れた社会思想家でもあった。
今もし世界中で牛乳が不足したとすると、(当時大金持ちの代表とされていた)ロックフェラーは百㌦(1万5千円)払って、自分の犬にミルクを買ってやれるだろう。しかし、貧乏人は牛乳には1㌦(百五十円)しか出せないので、貧乏人の赤ん坊はミルクが飲めない。これが、市場経済に従った資源配分なのである。
サムエルソンはそういう趣旨のことをある論文に書いていた。だから市場原理を暴走させず、政府による規制と介入で格差を是正してゆく必要がある、というのがその小論文でのサムエルソンの結論だった。
毎日新聞社を休職しプリンストン大学で勉強中だった私は当時その論文をまだ読んでいなかった。だがインタビューで話を聞いていると、経済効率向上よりも社会的公正を重視するべきで、日本は輸出競争力強化だけではなく、国民生活の向上を目指すことも必要だ。このように説いたサムエルソンの価値観が理解できたように思う。
サムエルソン・インタビューをした年の暮れに私は毎日新聞を退社し、野村総研のエコノミストとなった。野村総研では27年間、60歳で定年退職するまで務めさせてもらった。アメリカに9年、イギリスに3年の計12年間を欧米で過ごした。
しかし、2期目のトランプ米大統領は、わずか2ヶ月で米欧間の信頼関係を完全に壊してしまったので、米欧は敵対関係になった。もはや気楽に「米欧」とか「欧米」とか言う言葉を使ってはならないと、ある新聞社はこの3月に決めたそうである。
高谷さんとともにMITのあるマサチューセッツ州ケンブリッジまで行き、サムエルソン教授の話をじっくり聞いたことは、経済学を学ぶ私にとって重要な出発点であった。30歳代の初めに得た貴重な経験として私はいまも心にしまっている。