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2023年4月25日

「ゆうLUCKペン」45集、発刊パーティー、和やかに

 「ゆうLUCKペン」第45集の発刊記念パーティーが4月22日の土曜日午後、パレスサイドビル1階の喫茶「花」を借り切って開かれた。最高齢97歳の牧内節男さんは、「歩けないんだ」と言って参加されなかったが、96歳の本田克夫さんを筆頭に、16人が参加、楽しく和やかに3時間近く語り合った。

 第45集のお題は「いま、考える、人間の死」という、なかなか深遠なものだったが、顔を突き合わせて、語り合えば、おのずと思い出話に。同期生の大住広人、神倉力のお二人のやり取りは、熱を帯びて、しばし大声に。今吉賢一郎さんの、本当に久しぶりの外出だったので、電車の切符の買い方が分からなくて、しばらく立ち尽くしたという近況報告には、うなずく人も。大住さんは、この春、高崎の老人ホームに入居したと報告「住み心地はいいが、コロナにまみれた東京へ出てくると、帰って1週間の謹慎を申し渡される」と語って笑わせた。

 今年のトピックは、初参加の中島章隆さんの持参してくれた「ゆうLUCKペン」の創刊号から17号までの貴重な一揃い。中島さんのお宅には19号を除いて全巻がそろっているというのだ。実は章隆さんのお父さんの中島勇さんは車両部長などを務められたが、地方部在籍が長く、「ゆうLUCKペン」の最初のころから、編集にかかわっておられたのだという。亡くなられた年の19号だけが、取り紛れて失われてしまったものの、それ以外はすべて揃っているとのこと。

 初めて目にする創刊号は「ゆうLUCKペン」ではなくて「有楽ペン供養」というタイトルだった。中西彦四郎さんという大先輩が、発刊の辞を書いている。地方部を中心に、支局や本社の取材で巡り合ったさまざまな出来事や事件の思い出を書き残しておきたいと始まったのだという。最初のころの作品には戦争時代のなまなましい経験を綴ったものも多い。

 「ゆうLUCKペン」と名前が変わったのは、第15集から。このあたりで、現編集責任者の諸岡達一さんが関わり始めたようだ。

 「有楽ペン供養」創刊号が昭和53年(1978)5月。今年令和5年(2023)の発行は第45集。実に45年間、毎年欠かさず発行されてきたことになる。なかなかの歴史と、改めて感慨を覚える。

 お題はあっても、何を書いてもいいというのが、「ゆうLUCKペン」の基本方針。秋の出稿までに、テーマを考えて、来年も必ず発行することを皆で約して宴を終えた。

(松上 文彦)

 出席者=石塚浩、板垣雅夫、今吉賢一郎、大住広人、神倉力、倉島康・伸夫妻、堤哲、中島章隆、野島孝一、福島清彦、本田克夫、松上文彦、茂木和行、諸岡達一、横山敏彦

全員集合
右から有楽ペン供養第1集、第2集、タイトルが「ゆうLUCKペン」に代った第15集