2022年10月17日
情報編集総センター副部長から日本証券新聞に転身の柴沼均さん
毎日新聞社を2020年2月に早期退職してから2年。現在は東京・茅場町にある日本証券新聞社の記者として、兜町で日々経済ニュースを追っている。生活報道部、情報編成総センターとデスクワークが続き、他人の原稿を見たり、社内調整に追われていたりした毎日時代の晩年よりも、取材を通じて世の中の動きがリアルに感じられる今のほうが、勉強になり、ワクワクすることが多い。
突然だが、「ANYCOLOR」という会社をご存じだろうか。2017年に創業され、まだ5年目のベンチャー企業。Vチューバー(アニメなどのバーチャルキャラクターを使って、動画配信サイトユーチューブで活動する人たち)グループ「にじさんじ」を運営している。ITや若者文化に詳しくないと、さっぱりわからない方も多いだろう。現に毎日OBで今は某経済メディアの幹部をしている友人に話したところ、知らなかった。
「ANYCOLOR」は今年6月に東証グロース市場に新規上場した。最近はウクライナ情勢や物価高で東証だけでなく、世界的に相場が下落しているにもかかわらず、わずか4カ月で株価が2倍を超えている人気ぶり。だが、それだけではない。「ANYCOLOR」の時価総額は、本稿執筆の10月13日現在、約3500億円超。これは、フジ・メディア・ホールディングス(2400億円)とテレビ東京ホールディングス(500億円)を足したのよりも多い。つまり株式市場は長らくメディアの王様だったテレビ局2社と、全国紙(産経新聞)、ラジオ局(ニッポン放送)、出版社(扶桑社)などを合わせたよりも、上場4カ月程度のネットベンチャーを評価しているわけだ。日本テレビやTBSなど他局の時価総額も上回っている。
今流行のメタバースやウェブ3・0はバブルなのかもしれないし、「ANYCOLOR」の株価も今がピークかもしれない。しかし現段階ではテレビの将来は厳しく、メタバース企業にかなわないという見立てが、市場では強いといえよう。実際、私の中学生の娘も将来はボカロP(Vチューバーなどで楽曲を投稿する人)になりたいと言って、ユーチューブにはかじりつくけど、テレビには目もくれない。クラスメイトも同様だそう。私が中学生時代に、学校での話題の中心は前日に見たテレビの話だったのとは雲泥の差であり、時代の変化を感じる。
長々と書いたが、今はオブザーバー参加の兜クラブ(東京証券取引所の記者クラブ)や日本アナリスト協会を根城に、企業の決算会見や経営幹部、経済アナリストへ取材し、中でもこのような新興企業を中心に回っている。経済部経験はないものの、取材の基本は一緒なので助かっている。
最近の取材で面白かった企業は、海底用ケーブル部品で世界トップの「湖北工業」、国産ドローン唯一の専業メーカー「ACSL」、半導体検査装置の結晶で世界シェア9割の「オキサイド」、訪問看護専用の電子カルテの制作で世界でも珍しい慢性期の医療データを保有する「eWELL」など。知名度があるとはいえないが、日本経済の行く先を最先端で感じさせる企業が多い。
何しろ日本の上場企業は4000社弱。毎日新聞など一般紙が通常取材している企業はごく一部だ。日本経済新聞ですら取材にこない企業も多い。しかし、そうした所にこそ次代の日本経済を担いそうなところがあるのだ。
日本証券新聞は1944年創業。個人投資家に企業情報を提供する日刊紙。JIA(ジャパンインベストメントアドバイザー)というプライム上場企業の子会社で印刷、販売は読売新聞に委託している。従業員は20人余と毎日新聞の100分の1もいない。
毎日新聞を早期退職した大きな理由は、当時、毎日新聞サイトのデスクをしており、週に2回は朝刊版で、数時間の仮眠、場合によっては徹夜という生活がしんどくなったこと。実家で一人暮らしをしていた老母が骨折してしまい、その介護のために実家に泊まり込みながら働いていたので心身共に消耗していた。これに対して、現職は表の取材だけなので、深夜勤務はないし、暦通り土日には休め、自分のペースで働いている。
日本ではスタートアップが育たないとか言われているが、個別にみていくと結構頑張っているところはあることがよくわかる。かつて米テスラの時価総額がトヨタ自働車を抜いた時に、日本の経済界が市場がおかしいと低く見ていたら、あっというまに世界的企業に成長されたことがあった。日本でも伝統的な大企業がいつまでも強いと思っていると、時代の変化に取り残されるかもしれない。正直、自分が現場に出て、こうした企業の生の声を取材しなければ分からなかっただろう。毎日新聞での取材経験を活かして、第二の人生に張り切っている。
(柴沼 均)
柴沼均さんは1991年入社。長野支局、東京社会部、デジタルメディア局、生活報道部副部長を経て2020年に情報編集総センター副部長で退職。