元気で〜す

2024年6月18日

元中部本社代表・佐々木宏人さん ある新聞記者の歩み 35(完) 中日新聞の牙城で毎日新聞をとる読者とは?(中部本社の巻) 抜粋

 (インタビューはメディア研究者・校條 諭さん)
  全文は https://note.com/smenjo

Q.広告局の次は、名古屋のお話ですね。佐々木さんは中部本社代表(役員待遇)ということで、1998(平成10)年6月から2000(平成12)年2月まで2年間に満たない期間のようですが、名古屋におられたのですね。重役(取締役)迄今一歩というところまで、昇進されたわけですが。名古屋では何をされていたんでしょう。

 いろいろと思い出はあるのですが、今の時期、元気な人も多いし、だんだん喋りにくくなる話が多いなあ(笑)。でも、非常におもしろかったですよ。駅前にあった名古屋本社ビルを作る 計画があった時代でしたし。

◆突然文章がうまくなった記者

 まず、失敗談というか、いちばんの思い出を披露しましょうかね。これは公になってるからいいんだろうけども、名古屋の2社面(第2社会面)に、中部本社独自のコラムがあったんですよ。東京本社の夕刊社会面左下の名物コラム「憂楽帳」のようなコラムです。 400字か500字ぐらいかな。その時々の、いろんな記者が書くんだけども・・・。

 そこに、編集局のある記者が、 数年前の(朝日の)天声人語を丸写しして、それがそのまま紙面に掲載された事件があったんです。

Q.たまにどの新聞でもそういうのが起こりますね。最近も毎日ではない大手紙やスポーツ紙で起こりましたね。

 そうですね。あのとき後で聞くと、周囲の記者連中が、あいつ、なんか急に原稿うまくなったなったなって言ってたというんですよ(笑)。

Q.若い記者ですか。

 いや、コラム書くんだから、デスクに近いキャップクラスの記者だと思いますよ。
 そうしたら朝日新聞から指摘されたらしいんだな。どうもあれは何年か前の天声人語のコピーだよって。それで調べたら、まさにその通りなんですよ。それで、本人の処分をして、紙面でお詫びをして。それはそれで大変でした。

 ぼくは一応紙面にも責任を持つ「中部本社代表」として管理責任を問われて給与10パーセントカットだったか20パーセントだったか、やられましたよ。3ヶ月だったか、半年だったか忘れてしまったけど・・・。単身赴任で、その当時、 家族の住む甲府と、僕の住む名古屋のマンション、東京の大学一年の長男の住む家の3つ、全部借りていた。4人の子供たちは高校の学資、大学入試、大学の学資でしょ、一番金がかかる時期。だから、10パーセントカットっていうのはきつかったなあ。

 今でも新聞見て、時々、企業の不祥事で担当役員減給何パーセントだとかいう処分の記事見るじゃないですか、あれ効くんだよね(笑)。でもぼくと違って子供が少ないから問題ないか(笑)。

Q.同じ10%でも、元がたくさんの人はどうってことないいう気もしますが・・・。

 今は一流企業の役員クラスは一億円なんてザラだから、平気だろうけど―――。それはそれで効くんだろうと思いますよ。だって、月収1000万円くらいだったら100万でしょ。個人的に年間の子供の学資、老後資金などいろんな資金計画をやってるわけだから、とん挫するわけよね、途中で。それはそれで影響あるんで、毎日新聞だから、その当時、他社に較べて給料少なかったけども。中部代表ってどれくらいもらってたかな。月収100万円位かな。だから、10万から20万円ぐらいカットされるわけ。だから、ちょっとそれは大きかったですよ。

Q.処分は管理職まで含めて何人かっていうことですか。

 そうそう。書いた記者本人、それを通したデスク。直属の部長と編集局長と、それからトップのぼくということです。

中日新聞 (左から)名古屋本社、浜松本社、北陸中日、県民福井 東京新聞も中日が発行

◆名古屋で中日新聞以外をとる人って?

Q.名古屋というか中部地方は中日新聞の牙城ですよね。

 中部本社のエリアっていうのは、中日新聞の天下なわけですよ。それで、その当時、ネットなんかまだ曙の時期だから、その影響はなかったんですが、とにかく名古屋の市内で、住宅街で中日新聞以外を取ってるっていうのは、変わり者みたいな感じなんですよ。その配達した人を見てて、昔、東京都内で新聞配達員の間では「産経インデアン」って言ったんだって。これはいわゆる不適切な言葉ということになるんだろうけど、まあ事実としてそう言ってました。

(中略)

◆救急車で運ばれた!

 そういえば、ぼくはね、名古屋で救急車で運ばれたことあるんだよね。

Q.そうなんですか。それはまたどうして?

 ストレスですよ。ちょっと事情は言えないんだけど、刑事事件にもなりかねない印刷工場での社内的な問題でちょっとストレスがあってね。連日会議で、本社にどう報告するか、などで大変でした。それで会議中、突然ヒドイめまいと吐き気がして、事務室でぶっ倒れちゃった。ビルの中に毎日ビル医院みたいな、毎日新聞専属の医院があるんですよ。そこに運び込まれて、それから救急車で、名古屋大学病院まで運ばれたことなんてことがありました。結局、一種のメニエル病みたいな感じなのかな。立ちくらみっていうのかな、吐き気もひどかった。

Q.まわりがぐるぐる回ったりする感じですか?疲労が蓄積したり、ストレスがあったりする時はなることあるみたいですね。

 そういう感じですね。立ってられないぐらいの感じ。名大病院の診断で、医者の診断は「良性発作性頭位めまい症」ということでした。後で友達に話すと、「おれもやって救急車で運ばれた」という人がいてビックリしました。でも会社で倒れるとろくなことは無いね。情報が流れるのは早くて、「佐々木がぶっ倒れて名大病院に入院したようだ。もう役員の目はないな!」(笑)なんて噂話が本社内で流されて大変でした。事実でしたがね(笑)。

 そんなことが起きた頃は、次男がいっしょに住んでたんですよ。多少のいきさつがあって、あるときから名古屋に来て、大学を受け直すというので、駅前の河合塾に通ってたんです。長男は東京にいるわけ。女房とあとの2人は甲府にいて、財政的には、名古屋の時は大変でしたよね。よくしのいだと思うけどね。ただ、単身赴任だったところに、息子が来たので、いろんなものを食いに行ったり、なんか面白かったですがね。

  倒れたときは、女房も駆けつけてきました。でも、幸い入院したのは一泊だけだったかな、治りました。まあ、名古屋は短い期間だったけど、いろいろ浮かんできます。                    (完)