2018年8月26日
TBSの新社長は、事件記者の息子さん
うかつにも、TBSの社長が6月の株主総会で替わったことを知らなかった。毎日新聞の社会部記者だった武田信二社長(66)から、専務の佐々木卓(たかし)さん(59)にバトンタッチされたのだ。
新社長のオヤジさんは、「毎日新聞屈指の事件記者であった」佐々木叶さん(2017年5月1日没、92歳)である。自慢の息子の社長就任を喜んでおられることだろう。
オヤジさんの追悼録は、この毎友会HPに、社会部の同僚記者だった元スポニチ社長の牧内節男さんが書いている。
→https://maiyukai.com/memorial.html
佐々木新社長は、早稲田のラガーマンである。早大高等学院3年だった1977(昭和52)年、花園の全校高校ラグビー選手権大会に初出場。学部(法学部)に進んでも、ラグビー蹴球部でもまれた。身長168cmと小柄ながら、4年生の早慶戦(1981年11月23日)、早明戦(12月6日)に9番SH(スクラム・ハーフ)として出場、慶応には25―16、明治には21―15で、いずれも快勝している。
早明戦に勝利したときの新聞の見出しは「荒ぶる涙、大西魔術」。名将・大西鉄之祐監督が17年ぶりに3度目の監督になった年である。
佐々木新社長が、花園初出場を果たしたとき、早大高等学院を指導したのも大西鉄之祐監督だった。
早大ラグビー部で1年下のスポーツライター藤島大さん(元スポニチ記者)は「佐々木さんは、大西先生の『最後の愛弟子』。大学でもチームのリーダー的存在となり、大西イズムを浸透させました」といっている。
オヤジの叶さんは、私が社会部にあがって、サツ回りをしたときの警視庁キャップ。鬼の叶さんがいつの間にか、早稲田ラグビーのファンになっていた。息子の試合は必ず観戦していた。私が高校・大学を通じて息子の先輩だと知って、「大西先生はスゴイ。都会っ子を鍛えて、花園に連れて行ってくれた。卓が4年生のときの早明戦は、ワセダが4連敗中。予想は圧倒的にメイジ優勢だったんだ」と、熱く語っていたことを覚えている。
TBSは、良心的な番組が多く、必ずしも視聴率を意識していないようにも感じるが、卓社長は、記者会見で「TBSは成績も上向きで現場の空気も明るくなりました。視聴者の皆さまに、もっと愛され、信頼される放送局にしていきたいと思っています」と語っている。打倒日テレが成るか、注目したい。
(堤 哲)