2019年11月30日
若者のための エナジー通信 追伸by Yasuaki Enari Vol.37 -2
11月29日、元首相の中曽根康弘さんがお亡くなりになりました。101歳。大往生です。 戦後政治の総決算をスローガンに、国のリーダーとして様々な策を打ち出し実行してきました。国鉄、日本電信電話公社、日本専売公社を民営化させたことも大英断で、レーガン大統領との親密な日米外交も記憶に残っています。骨のある政治家でした。
目の前で初めて中曽根さんを見たのは、1970年代後半だったと思います。群馬3区から立候補していた中曽根さんは地元・高崎市へ戻って選挙演説をしていました。駆け出し記者の私には名の通った人の演説が高尚に聞こえました。とにかく弁舌さわやかで、高所大所から政治を語り、幅広い見識を感じさせてくれました。当時は若手のホープでもあり、同じ選挙区だった福田赳夫・元首相とは一味違った魅力もありました。まだ、政治の奥深さもわからない私には中曽根さんの語る政策のことを理解するのは大変なことでしたが、言葉を大切に演説していたことだけは印象に残っています。
演説後に歩きながら語った「政治家というのはね、国と国民のことを第一に考えて行動しなければいけない」ともらした一言も忘れられません。
1982年に総理になってからは、自らの信念に基づいて政権を築いてきましたが、後藤田正晴氏を官房長官に据えたことも強みになりました。イラン・イラク戦争の時に、中曽根さんは海上自衛隊の掃海艇をペルシャ湾に派遣するつもりでした。ところが後藤田官房長官が反対し、「閣議でサインしない。辞任は覚悟している」とまで言い切りました。日米関係重視の中曽根さんにしてみれば耳の痛い話だったはずです。最終的には後藤田官房長官の圧力に押されて、掃海艇の派遣を断念したのです。いいブレーンを持てたことも、中曽根政権の信頼につながっていました。
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それに比べて…に再び戻ってしまいました。信念もなく、実直さが物足りない安倍政権にはやはり、政治家としての「美」が感じられないのです。官房長官の真剣さのないまやかし的な発言も、イエスマンならではの内容です。
かつてのような派閥がなくなり、与党内にも論客がいなくなりました。今の政治は、権力のある総理の思いのままです。空しさばかりが去来しています。
中曽根さんの訃報を聞きながら、そんなことを考えさせられました。
2019/11/30 江成康明
(堤 哲)