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2020年9月21日

旧石器発掘捏造スクープを成功に導いた常識外れの決断 ― 20年後のNHK「アナザーストーリーズ」を機に取材班キャップが振り返る

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写真はNHKテレビ・アナザーストーリーズから
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写真はNHKテレビ・アナザーストーリーズから

 毎日新聞北海道報道部による旧石器発掘捏造のスクープ(2000年11月5日朝刊)から今年で20年。NHK・BSプレミアム『アナザーストーリーズ』が9月15日、スクープの顛末と、考古学界や社会に与えた衝撃を振り返る番組を放送した。私は取材班キャップとして「神の手」ことF氏に捏造映像を見せ、本人の言い分を聞く詰めの取材を担当したため、インタビューを求められた。またぞろ、美味しい所をいただいてしまったと、いささか申し訳ない気持ちでいる。

 取材班メンバーは、番組に登場した私と高橋宗男君、山本建君のほか、担当デスクの渡辺雅春さん、早川健人君、写真課員の西村剛君、第一報の「一通のメール」をもたらした本間浩昭君の計7人。私以外のメンバーがそれぞれ重要な役割を果たし、お膳立てしてくれたフルコースディナーのメインディッシュを「つまみ食いした」程度が私の役回りだ。

 スクープの成功はいくつもの奇跡が積み重なった。失敗もその一つ。北海道の発掘現場で高橋君が大失敗していなければ、山本君が宮城県・上高森の茂みに潜んでとらえた鮮明な捏造映像はなかった。しかも、「遺跡」の有名度は後者の方がけた違いである。そして何よりもの奇跡は、取材班の編成を命じた真田和義報道部長の神がかり的な直感力である。

 本間君が真田さんにメールを送ってきたのは2000年8月25日。「こんなことはあり得ない。怪しい」という内容ではあったものの、確たる証拠はなかった。真田さんはそれだけの情報で取材開始を即断即決。朝、出勤してきた私にメールを見せ、「俺は最近運がいいんだ。これで新聞協会賞を取るぞ。デスク渡辺、キャップお前。取材班を人選しろ」と命じた。「この人、何を言い出すのか」と面食らったどころではない。渡辺さんも「筋悪な話だなあ」という受け止め方であった。

 本間情報では、F氏が北海道新十津川町の発掘に数日後にやってくるという。バタバタと人選し、機材をそろえ、過去の新聞記事や資料を読み漁った程度の準備で明け方の張り込みとなった。F氏は早朝、一度だけ、無人の発掘現場に現れ、不審な行動を見せた。しかし、動画撮影はビデオカメラ担当の高橋君が操作を誤り失敗。西村君が望遠で撮影したおぼろげな写真だけが成果だった。

 発掘最終日の記者会見で、「石器が出た」と発表された。「不審な行動」との因果関係は分からなかった。北海道での発掘は、年内はそれが最後で、次の発掘現場は埼玉県。私はこの取材はこれで終わった、継続するにしても年が明けてからだろうと思った。北海道報道部の持ち場は北海道という固定観念からだ。この時点で取材費を100万円ぐらい使っていた。しかし、不審な行動を目撃した高橋君は取材続行を強く主張。渡辺さんも同調した。

 真田さんはしばらく熟考していた。「この写真でFを落とせないか」と相談された私は「否定されたら終わりです。無理でしょう」と答えた。もしこの段階で勝負をかけていたら、取材は水泡に帰していただろう。

 真田さんは取材続行を決断する。「金はいくらかかってもいい。俺が責任を取るから」と言った。ゼロか百かの大博打。『アナザーストーリーズ』風に言えば、この決断こそがまさに「運命の分岐点」となる。

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 真田さんは後日、自分がなぜそんな決断ができたのかを語る。報道部長になる前に総務部長の経験があったからだという。どういうことか。当時の報道部の予算は年間800万円程度。一方で、販売部はABC部数を積み上げるための経費に毎月1億円ぐらい使っていた。支社全体の中で報道部の予算がいかに微々たるものか、という金銭感覚が総務部長の経験ゆえに持てたという。「1000万や2000万、どぶに捨てたってどうってことねえよ。失敗したら、ごめんなさいで終わりだ」。真田さんは腹をくくった時の気持ちをこんな言葉で表現した。

 過去の報道部長経験者から「自分だったら真田みたいな決断はできなかっただろうな」と言われたものだ。組織ジャーナリズムの弱点と言うべきか、その立場で可もなく不可もなく、無難に過ごすことが次のステップにつながる。どの会社にもありがちな組織文化の中で、失敗を恐れなかった真田さんの英断は奇跡だったと今も思う。

 立花隆氏をして「日本ジャーナリズム史上に残る完璧なスクープ」と言わしめた発掘捏造報道の最大の立役者は紛れもなく真田さんである。真田さんは、東京本社編集局次長(交番)を自薦するが、東京の感覚で言えば、彼はいわば外様、ノンキャリ扱い。会社は彼を編集局の中枢に置く人事を頑として認めなかった。

 社長室に異動し、「MOTTAINAIキャンペーン」や創価学会担当のスペシャリストとして、その異能ぶりを発揮する。北海道支社長を打診されても一蹴した。「支社長なんかで終わってたまるか」と。その後、執行役員として活躍したが、取締役に登用されることはなかった。

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 真田和義は常人には思いつかない発想をする。新聞社経営が多難な時期こそ、型にはまらない組織論、経営論、リーダーシップ論が必要だろう。スクープの社会的意義を別として、真田さんが我が身を顧みずに下した常識外れの決断が歴史に残る大スクープを成就させた事実こそ、社内で共有され、いつまでも語り継がれてほしいと思っている。

(北海道毎友会会員・山田寿彦)

 ※山田寿彦さんは1985年、毎日新聞社入社。北海道支社報道部副部長、東京本社代表室委員、社団法人北方圏センター出向(出版部長)を経て2011年、選択定年退職。2014年、はり・きゅう・あん摩マッサージ指圧師国家資格を取得。2015年、札幌で治療院を開業

※WEB上の「デイリー新潮」9月21日配信記事に、「『神の手』旧石器捏造事件から20年 今だから話せる〝世紀のスクープ〟舞台裏」が掲載されています。下記URLでご覧ください。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3d8f4d925075be2d76b7984985051bd174faf012?fbclid=IwAR1eoBObqCRv4cDvS1H-lAbhLmo9GewTGO4jkgH_olhUW8nKPrFZRb4rG1g