2020年12月25日
♪オ・エン・ザ・センツ… コロナ禍のクリスマスのお話
嬉しい、びっくりの、、、お知らせです。
100年前、スペイン風邪に勝ったジャズの発信をしました。
・・・・予想を超える反響です!
12月25日、クリスマスの日、毎日新聞夕刊に出ます、、、、、
日本のサッチモと呼ばれる外山喜雄さんから予告メールが届いたのは23日の午後だった。
その紙面が25日夕刊、鈴木琢磨編集委員の特集ワイドだった。
前文を紹介すると――。
スペイン風邪のパンデミックを乗り越え、世界へ広がったデキシーランドジャズ。「サッチモ」の愛称で知られるジャズ・トランペット奏者、ルイ・アームストロングにあこがれ、若き日にジャズ発祥の地・米ルイジアナ州ニューオーリンズに渡った外山喜雄さん(76)が、コロナ禍の東京で希望のトランペットを吹き続けている。オンライン配信された「外山喜雄とデキシーセインツ」のライブは忘年会もままならぬ年の瀬のモヤモヤまで吹き飛ばしてくれた。来年はサッチモ没後50年――。
メールには「1994年、日本ルイ・アームストロング協会が発足した年、12月24日毎日夕刊でも、まったくの偶然ですが、社会面トップ記事になりました」とあって、その記事が添付されていた。
「これは26年目の記事です!偶然、、、26年前のクリスマス、、、、です!! サッチモの悪戯が、続いているようです! 外山喜雄」
私は千葉支局長の時、企業人大学の忘年会で外山さんのバンド「外山喜雄とデキシーセインツ」を頼んだ。東京ディズニーランドに出演している時に知り、パーティーで受けるに違いないと思っていた。♪オ・エン・ザ・センツ…と、「聖者の行進」を演奏しながら会場に入ってくるだけで大盛り上がりだった。もう30年前のことだ。
戸山喜雄・恵子夫妻は早大のジャズ研究会で知り合ったとかで、2人とも私の後輩にあたる。以来、付き合いが続いていた。 添付の26年前の記事は、前社会部長、現編成編集局次長の磯崎由美さんが書いた、とコピーが送られてきたことがあった。
彼女に転送すると、「外山さんご夫妻、すばらしい方々ですね!取材でお会いしてからすっかりご無沙汰してしまいなかなか活動にご協力できずにいますが、あんなに昔に書いた記事がお役に立てているなんて、記者冥利に尽きます」と返信が届いた。
コロナ禍のクリスマスのお話——。
(堤 哲)