2021年3月9日
ペリー提督役は、元毎日新聞記者の息子さん
3月8日付け夕刊社会面を見てビックリした。NHK大河ドラマ「青空を衝け」のペリー提督役が、毎日新聞の先輩記者ローバートソン黎子さんの息子さんだというのだ。
黎子さんは、旧国鉄「ときわクラブ」のOB会的組織だった「交通ペンクラブ」の会員だった。台湾新幹線「台湾高鉄」に乗るツアー(2008年)に夫妻で参加、会報にトーマスさんが英語で紀行文を寄せ、黎子さんが翻訳して4ページの特集となった。
夫妻でワシントンに戻ったあとも、黎子さんはナショナルプレスクラブに属し、日本のメデイアに情報発信していた。
前回の米大統領選のとき、この毎友会HPでも、その活躍ぶりを紹介した。「84歳の現役ジャーナリストである」とある。
このHPの随筆欄をず~っと下がってもらうと出てくる。
【ワシントン発ロバートソン黎子】頑張れ新聞!
ロバートソン黎子さんは、1957(昭和32)年早大政経卒。駆け出しの仙台支局でフルブライト留学生募集を知って応募、ヴァージニア大学に1年間留学。59年10月帰国後は外信部。日曜夕刊一面のインタビュー記事をまとめて、蒲田黎子著『もしもしハロー 私は第一線婦人記者』(七曜社1961刊)を出版した。61年退職、結婚してアメリカに渡った。
◇
黎子さんは、辛口のジャーナリストだった。日本でテレビにもよく出たが、本音をズバリと言った。熊本日日新聞のコラムは、新大統領に決まったトランプ氏を取り上げている。4年前である。ニューヨークタイムズなど主要紙は、クリントン支持を表明。トランプ氏は「真実を報道しない」とマスコミ批判を繰り返した。しかし、ニューヨークタイムズには自ら出掛けて記者たちと会見。ニューヨークタイムズは、その模様を記事、社説できっちと取り上げた。
〈アメリカの民主主義を守る大きな柱は新聞である、という認識が、昔からアメリカ社会にはある〉
〈「新聞は社会の木鐸」という自負が、日本の新聞にも昔からある〉
〈読者のよりどころとなる新聞に、エールを送りたい〉
と結んだ。
黎子さんとは、メールでやりとりしていたが、ここ何年かご無沙汰していた。
息子さんの記事をメールで送ったら、宛先不明で戻ってきてしまった。
その後、2020年10月に88歳で永眠、とモーリーさんのブログに報告されていることが分かった。
夫のトーマスさんは、2017年5月に亡くなった。83歳だった。
◇
モーリーさんの「装飾品扱いの日本女性」は、紙面より先に7日(日)「毎日新聞デジタル」にアップされた。有料記事で、文字数は3493文字。紙面でカットされた部分に、母親の黎子さんが「女性差別」と闘ったことを話している。
《例えば、うちの母(ロバートソン黎子さん)なんか、毎日新聞の女性記者(外信部などで活躍)だった。試験会場に行ったときに女性は採用していないって言われたのを押し通したんですよ。形式的にだけでもと言って。だから、オヤジが大好きな女傑なんですよ。何かその凜とした才色兼備のみたいな。まるで、男みたいでほれるねみたいな、そういうふうにかわいがられるレイコちゃんだったんですよ、僕の母は。彼女はアファーマティブアクション(積極的格差是正措置)じゃなくてもぶち抜く人ですよね》
モーリーさんにとって、黎子さんは、自慢の母親だったわけだ。
(堤 哲)