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2021年9月27日

「歴史の検証から閉ざされた裁判記録 保存・閲覧のためのルール整備を」と  青島 顕記者が、朝日新聞社の月刊誌「Journalism」に寄稿

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青島顕記者

 ライバル社の雑誌で少し気が引けましたが、朝日新聞社の月刊誌「Journalism」9月号に寄稿しました。刑事裁判記録の公開を求める硬いテーマですが、中身はそうでもありません。

 5年前の2016年2月のことです。経済部長を務めたOBの佐々木宏人さんから「治安維持法で捕まった人に会うのだけど、一緒に行きませんか」と声を掛けられました。新潟県上越市に住む90歳過ぎの女性だと言います。私は治安維持法に格別の   関心のない意識の低い記者ですが、これを逃したら聞くことのできない話だろうと考えて、同行させてもらうことにしました。

 2月の上越なのに、晴れて暖かい日でした。つえをついて現れた小柄な女性は、カトリックの信者でした。戦時中、オルガンの音色にひかれて教会を訪れ洗礼を受けたという彼女は、1944年4月に突然、特高警察に捕まります。不潔な留置場を転々としながらの生活、取り調べの刑事にだまされて供述調書を取られ、思わず鉛筆をなげつけたこと。さらには赤とんぼが飛ぶ頃に未決のまま新潟市の刑務所に移されたところ、ドイツ人神父と2人の女性信徒がいることに気付いたこと。さらに怖い顔をした所長から「キリストなんて男のことは忘れて天皇陛下の赤子になれ」と言われたことなどを話してくれました。

 翌年春ごろに保釈された女性は、戦争終結後に呼び出されて裁判を受けたこと。形式的だったことや、裁判記録を見た覚えがないことなどを話してくれて、それが印象に残りました。

 いちおう記事にはしたのですが、裁判記録は残っていないのかが気になりました。刑事裁判記録は確定すると一審のあった検察庁に保管されます。そこで、新潟地検に問い合わせてみたところ、この女性のものはすぐ見つからず、共犯に問われた女性の裁判書(判決文)が倉庫にあるけれど、「誰にも見せられない」と言われました。

 刑事裁判記録は法律で定められた保管期間が過ぎると、特に重要なものは保存されますが、それ以外の記録の扱いは検察に任されるのです。 この事件の1人の女性の判決文は、廃棄されず内部資料として残っていたというのです。判決を受けた女性は20年ほど前に亡くなっていたので、妹に連絡を取って、だめもとで閲覧請求書を作り、それを検察庁に送ったところ、閲覧が可能になったという話です。

 この妹さんは戦後の小学校で、「スパイの家族」としていじめられた経験がありました。だから「我が家の名誉の問題」として、姉の問われた「罪」の中身を知りたかったのです。

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 閲覧できた治安維持法違反の有罪を認定する判決文には「天照大神をアダムとエバの子孫だと言い、皇室の尊厳を冒瀆した」といったことが書いてあったそうです。名誉は回復されたけれど、妹は「ほんとにこんなことが罪になるのか」と力が抜けたようでした。

 この妹さんにとって、閲覧できたことは、よかったのですが、当事者の人生を左右する裁判記録が検察の内部資料になり、「誰にも見せられない」状態になっているのは問題だと考えました。しかも、情に訴えたら、だめなものが見られたりするのです。こんな恣意的な管理でよいのでしょうか。

 これを受けて取材したり、考察したりしたことを6ページ使って論考しています。朝日新聞社の「Journalism」9月号は大きな書店でしか扱っていないものですが、アマゾンでも買えます。朝日を取っている方は販売店からも取り寄せられます。よろしかったらお手にとって読んでいただけますとうれしいです。大事な話だと思っています。どうかよろしくお願いします。

(東京社会部・青島顕)

※青島顕(あおしま・けん)さんは、1991年入社。西部本社整理部、佐賀支局、福岡総局を経て2003年に東京社会部。水戸支局次長、内部監査室委員の後、11年から再び社会部。「記者の目」(2021年9月23日)に「戦争体験継承の壁 個人情報保護、運用は柔軟に」を執筆。メディア欄などを担当し、情報公開などをテーマに記者活動をしています。佐々木宏人さんのフェイスブックがきっかけで、寄稿を依頼しました。

《佐々木宏人さんのフェイスブックから》

 「佐々木さんの名前が今月号の『Journalism』(朝日新聞社発行)に出てますよ!」。当方の新聞記者時代のオーラルヒストリーを書いて下さっているメディア研究家・校條諭さんからメールが届いた。

 「へー」と思っているうちに筆者の毎日新聞社会部の青島顕記者から現物が送られてきた。どれどれと見ると、特集の「裁判を取り戻す」という中で、青島記者が「歴史の検証から閉ざされた裁判記録 保存・閲覧のためのルール整備を」という厳めしいタイトルで書いている。

 その冒頭に近い部分に確かに当方の名前が出てくる。

 「2016年2月、戦時中のカトリック教会について調べている勤務先のOBの佐々木宏人さんから声をかけられた。『治安維持法違反で捕まった人の話を聞きに行くけど、来ませんか』」。思い出した。二人で新潟県上越市のカトリック高田教会に出かけた時のことだ。当方がカトリック横浜教区の保土ヶ谷教会で、終戦3日後に射殺死体で発見された戸田帯刀教区長の事件を調べていた当時のこと。偶然、同教会主任司祭だったことのあるマリオ・カンドッチ神父と知り合い、終戦間際の頃、高田教会でドイツ人主任司祭と若い女性との「聖書研究会」のメンバー数人が不敬罪容疑で逮捕された事件を知った。そのうちの一人の当時20歳だった女性が90才を越えて生存しており、マリオ神父が手配して教会内で話を聞けることになった。

 「治安維持法で逮捕された人が生存している」という予想外の思いで、はやる心を押さえて戸田事件に興味を持ってくれていた青島君を誘って、新幹線で高田教会のある上越市まで行った日のことを思い出した。

 青島君はこのインタビューをきっかけに、この治安維持法逮捕事件に興味を持って調べを進めた。新潟地検に判決記録が残されていることを突き止めて、親族に見てもらうまでにこぎ着ける。しかし裁判記録については公開のシステムが決められておらず、地検とねばり強く交渉して実現させた。

 裁判記録が歴史の中での検証に耐えうるものになっていないことを問題視、キャンペーン原稿を書き続けている。

 当方の一昨年刊行した「封印された殉教」(上下巻フリープレス社刊)から、スピンオフした高田教会の治安維持法逮捕事件をきっかけとなった裁判資料の公開化問題、実現に向けて是非とも青島君に頑張ってほしい。