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2024年5月14日

NHK・Eテレ特集「汚名 沖縄密約事件」あれこれー出演の大住広人さん

 深夜の放映なんで、と思いおりましたが、やっぱり悪事はやっちゃいけんの謂れどおり、何人かのみなさんから、お前しゃべっとったなと言われました。以って、釈明の機会まで頂いたという次第です。2024年5月11日23時からのNHK・Eテレ特集「沖縄密約事件―汚名と闘ったある家族の50年」という番組が縁のこと、その導入部あたりで舞台回しの質問に何秒か応えたいう一件。本来なら山本祐司あたりが出て事件の意義など堂々語るべきところ、その代役もどき、てな役回りでした。番組そのものは中々の出来栄えでしたので、そのうち再放送があるやもしれません。

 汚名家族とは、先輩・西山太吉と家族のこと、今回は妻・啓子の日記を軸に、その視座から事件を検証し直したところに見せどころあり、でした。『密約』(中央公論刊)の澤地久枝も番組の中で「この視点は(わたしの作品の中でも)抜けていた」との趣旨の、物書きとしての述解を露わにしておりました。日記は克明で、真剣で、書きながら考え、考えながら書き、感情を吐き出し、感情を止揚しと、たぶん、夫である先輩も存在を知らなかったものと思われます。

 番組をつくった土江真樹子は旧くからの知合いで、ほんとは氏素性も未知ながら、なんとなくうまがあい、今回も、「ちょっと行くよ」といわれ、「はいよ」と応え、2時間にちかく訊問され、沖縄密約事件なるもの、たっぷり復習することとなりました。中々のひとで、たぶん西山夫妻に最も食い込んで、事件に一番執念を持ち続けているひと、です。啓子日記も、太吉に先立って亡くなる直前に託されておりますから、これをもって万事が見えるといっていい思います。

 それにしても、なんでお前がテレビに、でせう。沖縄密約にかかる情報源は全て山本祐司で、直接取材したことはありません。もう半世紀も昔、さるミニコミをやっとった友人から「ほんとのことがほんとだと分かるように書けるか」と唆され、そのころ祐司の手元にあった原資料をそっくり借り出したのが縁であり元となってます。土江真樹子も、これを見て番かけてきたのが始まりでした。

 嘘と捏造がなければ、事件は単純でした。元はといえば、たかが400万ドルです。敗戦国が巨大な戦勝国から占領地を返して貰うのだから「不都合な経費も必要経費のうち」と権勢ついでに居直ればよかったのです。際限なき「思いやり予算」に比べれば「たかが」です。もちろん是非は別です。嘘をつくより居直りの方が整頓への道が見えたでせう。

 許せんのは、唆しを罪に仕立てた捏造です。密約電信を見せろと強くねだったとして、それは刑事罰を伴う教唆にはあたりません。現に1審判決は捏造に与せず、無罪としました。ですが、この手の裁判、往々にして2審で縒れます。最高裁はもっと無惨、捏造を正当化しました。罪ならざるを罪としたのですから、国家権力による冤罪です。これが罷り通ったところに、新聞記者の正当行為が事件とされた本質があるのです。

 捏造の因は内閣総理大臣・佐藤栄作の怒り、でした。世紀の偉業となる沖縄返還の仕上げに来て汚されるのは許せん、と。ここから日本の官僚の悪しき属性が頭もたげ、悪知恵を発揮します。「情を通じ」なる小道具をひねり出し、希代の大道具に仕立て上げました。末端官僚の事務官を生贄に、ちと強面の新聞記者を締め上げ、捏造の法解釈によって権力の悪事を隠蔽しました。つい先頃の安倍の悪事に伴う犠牲者の一件が思い返され、重なります。一度味をしめると、なんでせう。佐藤栄作そのものが、悪の指揮権によって救われ、のさばって来たのも忘れてはいけません。

 実は、先輩・西山太吉も、好きか嫌いかというと、好きにはなれない仁でした。均衡をはかろういうのではありません。単に国家権力に汚名を着せられた冤罪被害者で終わらせては、未来に生きる検証にはならんからです。少なくも取材源の秘匿はじめ、思い違い、読み違い、乱雑、横柄な扱い等々によって自らはじめ家族、仲間、関係者を多々思わぬ窮地に陥れています。中でも、佐藤政権を即時退陣に追込めば全てが好転し、この間の失策、乱雑、不都合もご破算になると読んだのが最大の落とし穴になりました。国家権力が狙いを定め集中してくれば、の裏返しでもあると言えるでせう。

 面白いのは、そんな西山太吉の半面を、土江真樹子がよく見抜き映像化していることです。それも箇条書きふうではなく、空気で伝えてるのが生きてます。横柄の底で悔い、悩み、自棄にもなり、ひとにありがとうと言えないぶざまを空気に託して伝えています。澤地久枝を触媒に誘い込み、夫婦での小旅行に仕組んだのも、啓子の意を体した土江の見事な演出でした。先に逝った妻・啓子の骨を埋めることが出来ず身の傍らに置き続けた心底を読み取ったのも土江です。

 余談ながら、土江真樹子に対する西山太吉の対応は相当に邪険だったようです。まあ、言葉にすれば、女だてら、テレビふぜい、の類多々。これに土江は、近頃は絶えた「いなし」で堪え、時を得て転じると、じゃあ男なら、新聞記者なら、と切り返し本音、本心をぽろりぽろりと引き出している。どうやらそんな50年だったようで、「5月14日の西山さんの納骨に行ってきました云々」とのメールが入ったのが、2023年5月18日でした。仁義を尽くしての特集番組だったと知れます。

 好き嫌いは別に、言えることは、いや、言わないけんことは、先輩・西山太吉には、この50年とは全く違う人生があったはず、いうことです。それは家族にも、多々関係者にも、です。冤罪、とりわけ国家権力による冤罪の残忍さ、決して繰り返させてはならない、そこが伝われば、日記の主も、少しは本望に近づくやもしれません。国に嘘をつく自由はない。国に嘘を隠す権限はない。国民の知る権利を刑罰で禁ずる自由も権限もない。これは西山弁護団の基軸でしたが、裁判本来の規範となるべき真理でせう。真理としなければなりません。 南無

(おおすみひろんど)

※番組は5月16日午前0時にEテレで再放送されます。NHKプラスに登録すれば18日まで視聴可能です。「汚名 沖縄密約事件」で検索すると出てきます。