2025年8月19日
日航機墜落事故から40年(84入社 写真部OB佐藤泰則)



40年前の「御巣鷹の尾根」は、山の斜面に横たわるジャンボ機の主翼、煙がくすぶる木々、飛び交うヘリが巻き上げる砂塵、木の根元には犠牲者の部分遺体が散乱し、まるで戦場のようだった。
1985年8月12日午後6時56分、日本航空123便は群馬県上野村の高天原山山中に墜落し、単独機事故としては最多の520名の犠牲者を出した。
私は翌13日未明にハイヤーで社を出発、午前11時、長野・群馬県境の三国峠から一人で現場を目指した。自衛隊員や消防団員とともに先発隊の踏み跡を頼りに進んだ。途中、尾根上に出て木立の間から多数のヘリが旋回する場所が見えた。それが墜落現場だった。
午後3時過ぎ、現場に到着。合流した先発組の写真部員が「ここは人間のいるところじゃねー」と大声で叫んでいたのを覚えている。
入社2年目の新米カメラマンは写真を撮るのも忘れ、ただ茫然とあたりを見回していた。日が暮れる前に先発組は朝刊に写真を送るため下山した。私には写真部現場キャップから今夜はここで待機せよと指示が出された。持参した食料や水は先発組に渡していたので、着の身着のままで社会部の森下功記者と夜を過ごすことになった。
自衛隊にもらった毛布にくるまり、斜面に横になると背中のあたりにぐにゃりとした感触、暗くて良く見えないが犠牲者の遺体の一部だったのかもしれない。谷底の方からは一晩中かすかな灯りと人の声が聞こえた。まるで犠牲者の慟哭のようで一睡もできなかった。
夜が明けて周囲の状況がだんだんとわかってきた。人の声は生存者がいたスゲノ沢で救助活動に当たる人たちのものだった。そして事故現場はかなり広範囲であることがわかった。

8月14日朝、尾根に作られた仮設のヘリポートから自衛隊ヘリが犠牲者のご遺体を次々と搬出した。
マスコミのヘリもヘリポートに着陸し原稿(記事やフィルム)を回収し食料や水を降ろして飛び立った。私も夕刊用の写真(フィルム)と現場の状況メモをヘリに託した。
本心では一刻も早くここから離れたかった。幸いにも夕刊締め切り後に撤収せよとデスクから指示があり森下さんと上野村に下山した。たった一晩だったが、とても長く現場にいたように感じられた。
その後、「御巣鷹の尾根」の現場取材は現地での泊まり込みになり、社会部の萩尾信也記者が長く滞在した。私も萩尾さんと2~3日現場に泊まった記憶がある。交代はヘリで行い、もう険しい山道を登ることはなかった。山の尾根にビニールシートを張り、雨露をしのぎ、ヘリで送ってくれる食料で自炊した。生のキャベツが届いた時には閉口した。
墜落事故から40年、当時犠牲者の遺体を搬出した仮設ヘリポートの付近には「昇魂の碑」が建立され小さな広場ができた。毎年8月12日には遺族らが現場を訪れ、犠牲者の銘標(墓標)で手を合わせ、ここに集い黙とうしシャボン玉を上げる。今年は空の安全を願って犠牲者へメッセージを書いた風船も飛ばした。40年の間に周囲の木々は成長しハゲ山だった当時の面影はない。
1987年5月、夫を亡くしたご遺族の小澤紀美さん(69)と当時1歳の長男秀明ちゃん(39)の初めての御巣鷹山慰霊登山を取材した。小澤さん母子を萩尾記者が事故直後から取材していて特別に同行が許された。まだ木々も生えない現場で、紀美さんは長男を抱き上げて夫の墓標に「あなた秀明ですよ」と無事に出産したことを報告した。ファインダー越しに見るその光景に涙が止まらなかった。
その後、転勤などもあり年を追うごとに御巣鷹山から足が遠のいた。小澤さん母子に再会したのは、2010年8月の25回目の慰霊登山の時だった。紀美さんに初登山の写真をプリントして渡すとたいへん喜んでくれた。
それから毎年二人の登山に家族の記念写真係りとして同行している。紀美さんから特に墜落時の様子を聞かれるわけでもなく、毎回「あの時はまだ木も生えてなくて、向こうの山の稜線がはっきり見えたね」という他愛のない話をするだけだ。あの時の事を共有できる人がここにいるだけで嬉しいと。
大人になった秀明さんには冗談交じりに「カメラマンとしては絵柄を変えたいので、早く結婚して奥さんも連れて来てよ」などと話しをした。
するとこちらの期待に応えてくれ、めでたく結婚してお子さんも生まれた。昨年の春、御巣鷹山の山開きの日、紀美さんの夢だった孫との初登山が実現し萩尾さんと同行した。今年の慰霊登山には暑さを心配して秀明さんの妻とお孫さんは参加しなかった。紀美さんはスマホで孫の写真を亡夫の墓標にかざし、こんなに大きくなりましたよと報告した。
後日、LINE(ライン)で写真を送ると紀美さんから「今回も無事に御巣鷹に行くことができました。40年お付き合いくださってありがとうございます。今年のお写真、また小澤家の大事な思い出になります」と返信があった。
(2025年8月18日)
写真は、いずれも群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」で、佐藤泰則撮影。