新刊紹介

2020年11月18日

『安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル』  毎日・朝日で検察記者一筋の村山治さんが新著

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 社会部・司法記者クラブで一緒に仕事をした後輩の村山治さんが、その記者人生を注ぎこんだタイムリーな一冊を上梓した。毎日新聞から朝日新聞に移ったことは残念だったが、検察記者一筋の生き方には敬意を表したい。

 安倍内閣が今年1月末に、黒川弘務東京高検検事長の定年(勤務期間)を違法に延長し、検察庁法改正を目指した問題が、有権者や元特捜検事らの激しい反発を受けた。この〝事件〟の真相と、安倍・菅コンビの意図は何だったのか。著書は、取材メモをもとに、内閣官僚と検察官僚の熾烈な暗闘を綿密に検証し、政府と検察のあるべき姿を考える材料を提供してくれている。

 すでに触れられていることだが、今回の検察の危機は2016年の検察首脳人事が大きな分岐点になったことが、元検察首脳らの肉声で語られる。法務事務次官だった稲田伸夫が、次の次の検事総長に就任することを前提に、検察首脳人事案を練り上げた際、法務・検察の意向は、林真琴刑事局長を検事総長へのルートに乗せるため次官への昇格を優先、同期だが政界寄りと見られていた官房長の黒川は地方の高検検事長に転出させる、というものだった。ところが菅義偉官房長官サイドにこの人事案を拒否され、黒川を法務次官にせざるを得なかった。この時の法務・検察と官邸の確執が4年後に、より露骨な形であからさまになる。

 著書は検察の歴史にも遡り、造船疑獄当時の指揮権発動や思想検察と経済検察の争いなども含めて、法務・検察の世界に詳しくない読者にも理解できるように、丁寧に説明している。今回の騒動が、第一義的には、安倍・菅政権が長期政権のおごりから、法律解釈まで勝手に捻じ曲げて民主主義、三権分立を踏みにじろうとしたことに起因すると批判していることは当然だが、一方であるべき検察首脳人事を組み立てるべき法務・検察サイドに、政治の介入を許す隙があったのではないかと指摘しているところに、興味を覚えた。

 私自身が検察の現場を取材した当時は、ロッキード事件で田中角栄元首相を逮捕した1976年を頂点に、検察が国民の信頼と期待に支えられていた。しかしその後の検察は証拠捏造などの不祥事が相次ぎ、国民の信頼が揺らぐとともに、政界の腐敗に切り込む検察の迫力も衰えを見せた時代を経験している。

 著者は永年の取材の積み重ねと豊富な人脈を大事にして、国民の目には見えにくい世界を解きほぐしてゆく。現役の記者にとっても、大切な取材姿勢を感じさせる。

 ロッキード事件当時の記者として、最近、出版された「ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス」(春名幹男、株式会社KADOKAWA)にも触れておきたい。元共同通信記者が書いたこの本では、山本祐司・元社会部長の著書『毎日新聞社会部』などの引用も見られるが、米国の公文書館で公開されている文書を丹念に渉猟し、なぜ、巨悪が逃れたのか、というテーマを追求している。

 日本の捜査機関に田中元首相の名前が入った秘密資料が提供された裏には、「角栄嫌い」のキッシンジャー元国務長官の意向が働いたと著者は示唆する。ところが、ロッキード社秘密代理人、児玉誉士夫に連なる軍用機売込みの闇は、戦後一貫して巨額の黒い資金が流れたにもかかわらず、巧みに隠されてきた。情報公開先進国の米国も、この領域では巧妙に秘密指定を解除せず、米国の国益や米国にとって好ましい日本の政権を温存してきた、と読み取れる内容になっていて、興味深い。

 定価1,760円(本体1,600円) 文藝春秋刊

【著者プロフィール=同書から】

 村山治(むらやま おさむ) 1950年徳島県生まれ。73年に早稲田大学卒業後、毎日新聞を経て、91年に朝日新聞入社。東京佐川急便事件(92年)、金丸脱税事件(93年)、大蔵省接待汚職事件(98年)、KSD事件(2000、01年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(04年)など大型経済事件の報道にかかわる。17年11月、フリーランスに。著書に『市場検察』(文藝春秋)、『小沢一郎vs.特捜検察 20年戦争』(朝日新聞出版)、共著に『田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察「栄光」の裏側』(朝日新聞出版)など。

(高尾 義彦)

 『安倍・菅政権VS検察庁 暗闘のクロニクル』が2020年12月5日の毎日新聞「今週の本棚」に取り上げられ、中島岳志・東京工業大学教授(政治学)が書評を書いています。