新刊紹介

2021年9月21日

元外信部長、西川恵さんが『教養として学んでおきたい 日本の皇室』刊行

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 最近、マイナビ出版「教養として学んでおきたい」シリーズで、『日本の皇室』を上梓しました。これまで皇室に関係するものでは『知られざる皇室外交』(角川新書)と『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)を出し、外交の脈絡に皇室を置いた時、どのような世界が見えるかを描きました。今回は皇室そのものを書いてほしいという編集者からの要望です。「皇室の専門家ではない」と断ったのですが、最後は編集者の熱意に根負けし、勉強の機会にするつもりで引き受けました。

 タイトルから分かる通り、皇室のイロハの解説ですが、単にこれまで書かれていることの上書きでは意味がありません。先行研究に学びつつ、私の国際政治記者としての経験を踏まえ、「伝統文化の継承と国際性」に21世紀の皇室の意義を見出したいと指摘しました。

 伝統文化の継承でいえば、天皇は縄文・弥生時代以来のアニミズム系文化を神話・祭祀・儀礼などの形で引き継いでいます。ほとんどの先進国ではアニミズムや神話に彩られた土着信仰は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった一神教にとって代わられ、合理精神に基づく社会建設へと向かいました。これに対して民間信仰の神道にもみられるように、アニミズム系文化が社会に息づいている日本は先進国でもかなり特殊です。

 国際性でいえば、少し説明が長くなりますがお許しを。

 今上天皇は親王だった1980年代の半ば、2年4カ月を英オックスフォードで学ばれ、寮生活を送りました。毎朝、大学の食堂で朝食をすませると、購読している英ザ・タイムズ紙を郵便受けからとり、講義の前のひととき、自分で淹れたコーヒーを飲みながら英紙に目を通すのが日課でした。ここでじっくり世界のありようを自分の中に落とし込んだのではないでしょうか。

 私も欧州で特派員をしたから分かりますが、日本ではもっぱら東西の視点で国際政治を眺めますが、欧州にいると、東西と共に南北の視点、つまり地球を俯瞰する視点が育ちます。

 特に徳仁親王の英国滞在中の84年、サッチャー英首相はソ連指導部のナンバー2になったゴルバチョフ氏(当時、共産党第二書記)を英国に招き、チェッカーズ(英首相別荘)会談をもちます。会談は双方が満足する形で終わり、サッチャーは「一緒に仕事のできる男」という有名な言葉を吐きます。これを徳仁親王はお膝元で目撃したのです。ここから国際政治は一気に動き出し、「ベルリンの壁」の崩壊(89年)によって冷戦が終結しました。

 そして徳仁親王は皇太子となりますが、その30代と重なる90年代の世界は、協調と融和が時代の精神となります。NGOのネットワークが国境を越えて広がり、対人地雷廃絶の運動を推進したNGO連合体「地雷禁止国際キャンペーン」と国際人道援助NGO「国境なき医師団」が97年と99年にノーベル平和賞を受賞したのは象徴的です。国家や国連やNGOなど多様な主体が協働して地球規模の問題解決に取り組むグローバルガバナンスという概念が生まれたのも90年代です。

 21世紀になって米同時多発テロを契機にこの流れに逆流が生じますが、今上天皇が20代半ばから40歳はじめにかけて、胸一杯に融和と協調の空気を吸われたことは押さえておいてしかるべきと思います。地球を俯瞰する視座と、人々の善意と可能性と連帯への信頼という時代精神が今上天皇に刻印されていると感じるからです。

 話を元に戻せば、天皇が受け継いできたアニミズム系の超一級の有形・無形民俗文化遺産をグローバルな地球的視座の中に位置づけることで、日本の文化を相対化し、同時にその固有性と独自性を、偏狭なナショナリズムに堕することなく内外に発信していくことに皇室の意義があると考えています。アニミズム系文化は自然の生態系を大切にするエコロジー思想や多文化共生にも通じ、一神教の排他性とも無縁です。私たちは強固な文化基盤としてこのアニミズム系文化を保持しており、祭祀、儀礼、祈りなどを通してそれを体現してきた皇室はその象徴的存在です。

 ただ課題も多々あります。今日ほど皇室が国民に身近になったことはないでしょう。昭和天皇は君主としての意識が強くあり、戦後になっての振る舞いもそうでした。この君主としての意識は明仁天皇にもありました。小学校高学年まで大日本帝国憲法下で育ち、身近に昭和天皇の考えに触れていたことからすれば当然です。これが国民と皇室の間に(プラス、マイナスいずれにせよ)ある種の隔たりと距離感を生んでいました。

 しかし今上天皇には君主としての意識は乏しく、人々と対等にあるとの意識が多くを占めているように感じます。この「対等性」は今上天皇を人々により近い存在とし、権威よりも親しみを感じさせます。しかしこれはコインの表と裏で、一つ逸脱するとポピュリズムや俗世間的な批判の波に洗われ、皇室の威信と尊厳を傷つけるリスクをはらんでいます。

 現在の眞子さまの結婚問題がそれです。拙著が出た時点で結婚がどうなるか分かりませんでしたが、「私は二人(眞子さまと小室圭さん)を静かに見守り、金銭問題を解決して結婚されればいいと思っています」「(世論は)皇室に過度に潔癖さを求めるのでなく、もう少し寛容で柔軟であるべきではないでしょうか」と指摘しました。一部週刊誌の眞子さまと小室さんへの度重なるバッシングは、醜いとしかいいようがありませんでした。

 皇位継承問題もより大きな難題としてあります。今年4月に亡くなったエリザベス女王の夫君エジンバラ公フィリップ殿下がこういう言葉を残しています。「欧州の君主制の多くが、その最も中核に位置する、熱心な支持者たちによって滅ぼされたのである。彼らは最も反動的な人々であり、何の改革や変革もおこなわずに、ただ体制を維持しようとする連中だった」。こうならないように願うばかりです。

(西川 惠)

『教養として学んでおきたい 日本の皇室』は㈱マイナビ出版刊。税込み957円ISBN:978-4-8399-7574-6