新刊紹介

2021年11月4日

『冤罪の構図 松川事件と「諏訪メモ」―倉嶋康・毎日新聞記者の回顧から』

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 きっかけは、倉嶋康さんのフェイスブック連載「記者クラブ」で、2020年10月12日から2021年6月28日まで、計124回にわたった「松川事件」に引き付けられました。

 「私はこのシリーズ(記者クラブ)を書こうと思い立った時、松川事件の話は触れないつもりでした。(略)しかし、記者クラブの話を通して描きたいのが、行政も民間も巧みにメディアを利用するという内容なので、どうしても避けては通れないのがこの松川事件なのです。自慢話と思わないで下さい」

 敗戦後の1949年夏、下山事件、三鷹事件、松川事件と国鉄を現場とする事件が立て続けに起きました。いずれも表では共産党など反政府勢力による関与が喧伝され、裏ではアメリカ占領軍による謀略が噂されました。中で、松川事件は20人に及ぶ大量逮捕に発展、多くが共産党員でもあったことから、共産党による謀略の典型として世に浸透していくことになります。

 これを逆転させたのが「諏訪メモ」です。威力は絶大でした。松川裁判は治安権力による虚構だったのです。倉嶋さんは、捜査の核にいた刑事の一人から、それまで酒席を一緒にしたり仲良しだったのに、「お前はアカか」となじられました。そんな逸話をはじめ、当時の捜査環境や世情が克明に、時に熱く、時に淡々と、また軽妙な筆致も交え、読んでいて、飽くことありませんでした。

 倉嶋さんは「親父から自慢話はするなと言われていました」と言っています。それにも増して、「諏訪メモ」の重さが口を重くしていたのだと思われます。裁判をひっくり返しただけでなく、4人の無実が死の淵(死刑)から生還したのです。それも最高裁での有罪確定が必至とされた瀬戸際での新証拠でした。

 重しを解くには時間が必要です。今年(2021年)88歳となった倉嶋さんにそのときがきたのでしょう。あったことをあったままに世に伝え後世に遺す。これは大事なことです。この共感をさらに広く多くのひとに伝えたい。そう思わせてくれました。そして、その思いを伝え、快諾をいただいた次第です。

 同時に、「スパイ冤罪事件」(宮澤・レーン・スパイ冤罪事件)の真相を究明した視点から「裁判・松川事件」を検証しておきたいと思いたちました。共通項がいくつかあり、二度と国家権力による冤罪を起こさせない運動の一石になる、そう思えたからです。すると、同じ場面ながら違う視野も開けてきました。捏造の一翼をになった検察・司法にも、逆転を支える良心が厳としてあったことです。「諏訪メモ」がいわば触媒となって、重要な局面、局面で発揮されていました。その大本が新聞記者・倉嶋さんの働きですが、一つ欠けてもあわやの良心の連鎖と知れました。

 この一連を取りまとめたのが、「第二部・冤罪の構図」です。「北大生・宮澤弘幸『スパイ冤罪事件』の真相を広める会」では宮澤・レーン事件で『引き裂かれた青春』(花伝社刊)及び『総資料総目録』を刊行、昨年(2020年)にはその延長で『検証 良心の自由 レッド・パージ70年』を刊行、そして今回と位置づけております。さまざまな場面でさまざまに活動する多くのみなさんとの連帯になればと、願ってやみません。

 最後に大事は、「実在・松川事件」は発生72年にして未解決なことです。「冤罪・松川事件」は裁判によって正道に戻り解決しましたが、事件の犠牲者の無念は晴らされておりません。いま、戦後76年にして風化の懸念が課題となっています。ここでは新聞のありようも問われています。

 飽くなき好奇心と良心を以て真実解明に日々を尽くした倉嶋さんの昔語りを糧に、その系譜が豊かに継承されることを願って本冊子の刊行となりました。倉嶋さんに感謝し、刊行に関わった本会事務局として、一端を紹介させていただきました。意を汲んでいただければ何よりです。

(本書「はじめに」から  福島 清)

 (注 本書は「真相を広める会」のホームページ http://miyazawa-lane.com/index.html で、全文が公開されています)