2021年11月12日
岩波ブックレット『アウシュヴィッツ 生還者からあなたへ―14歳、私は生きる道を選んだ』――元大阪本社経済部長、中村秀明さんがイタリアで翻訳
2018年10月に定年直前で退職し、イタリア北部の街ボローニャで大学生生活を送っている。日本を離れて4年目に入ったこの秋、岩波ブックレット「アウシュヴィッツ 生還者からあなたへー14歳、私は生きる道を選んだ」を出版した。
イタリア人女性リリアナ・セグレさんについての本だ。少女時代にアウシュヴィッツへ送られ、死の収容所での日々を生きのびた数少ない生存者の一人である。長い沈黙の後、60歳ごろから若者らに向けて自らの経験を語り続け、昨年秋に90歳となった節目に証言活動を終えた。
若者や当時のコンテ首相らを前にした、1時間あまりの「最後の証言」を日本語に翻訳し、インタビューなども盛り込んだ本だ。頼まれたわけではない。記者魂は貧弱なので、その成せる技でもない。新型コロナの感染拡大で旅どころか隣町にすら行けず、ただ時間を持て余して始めたというのが本当のところだ。
しかし、やっているうちに彼女の強い思いが乗り移り、日本に届けたくなった。今年の初め、旧知の岩波書店編集者に粗読みしてもらうと、「日本の若者にも読んでもらいたいですね」と脈ありの返事。この編集者の尽力と当時のイタリア文化会館館長カルヴェッティさんの協力、同級生でもある妻の励ましなどで、なんとか刊行までこぎ着けた。
セグレさんの証言には、ナチス・ドイツによる戦争犯罪、ヨーロッパで起きた昔の話というのではなく、現在、そして未来に通じる思いや願いが込められている。それは「無関心」こそが、偏見や差別、排除と迫害、そして社会の分断の始まりになるということだ。それは、生きのびて帰国した後も彼女を苦しめ続け、今またイタリアにとどまらず、世界中でじわじわと広がっていると彼女は危惧している。
本は安価で100ページに満たず、高校生くらいを意識して読みやすいように書いたつもりだ。お手にとっていただき、身近な若い人たちに一読を薦めてほしい。
近況も書くよう、との指示を受けた。しかし、60過ぎて哲学科で学ぶ日々は、頭脳劣化との勝ち目のない格闘であり、正直、往生している。卒業への道のりは想像以上に険しく長い……。
(中村 秀明)
岩波ブックレット『アウシュヴィッツ生還者からあなたへー14歳、私は生きる道を選んだ』はリリアナ・セグレ著、中村秀明訳。定価520円+税。
中村秀明さんは1958年生まれ。1981年に毎日新聞社入社。経済部、大阪本社経済部長、論説副委員長など歴任し、2018年秋に退職後、イタリアに渡りボローニャ大学で哲学を学んでいる。ブックレットには、アウシュヴィッツで撮影した写真も収録されている。