新刊紹介

2022年1月11日

元学芸部長、重里徹也さんが新刊『教養としての芥川賞』(共著)

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 このほど、友人の助川幸逸郎さん(岐阜女子大教授)との共著『教養としての芥川賞』が青弓社から刊行されました。

 東京・学芸部で文芸記者をしていた頃、年に2回ある芥川賞・直木賞の発表は重要な取材対象の一つでした。毎回、全ての候補作を読み、事前に選考委員に取材をし、大手出版社の編集者たちと意見をたたかわせたり、社内で候補作品についての勉強会をしたりすることもありました。

 芥川賞・直木賞は1935年に創設されました。民間の主催する最も古い文学賞ですが、見方を変えれば、文芸春秋という一つの私企業が運営している賞に過ぎません。それがなぜ、こんなにも大きな存在になったのでしょうか。

 選考の公平性を大事にしていることをはじめ、ジャーナリズムや大衆意識を熟知した運営方法に大きな理由を求めることができるでしょう。また、担当した文芸春秋社員たちの努力も見逃せません。芥川賞・直木賞は成功したビジネス・モデルとしても、多くのことを示唆しているように思えます。

 この本では芥川賞に絞って、この新人認知システムを一望するとともに、歴代の受賞作品から23作品を選んで、助川さんと私がその読み方を語り合っています。

 第1回受賞作の石川達三『蒼茫(そうぼう)』、ベストセラーになった石原慎太郎『太陽の季節』や村上龍『限りなく透明に近いブルー』、綿矢りさ『蹴りたい背中』、最近の話題作の宇佐見りん『推し、燃ゆ』など、日本文学史を彩る作品群に新しい光をあてたつもりです。

 ちなみに、私の芥川賞受賞作ベスト・ファイブは
 ・井上靖『闘牛』
 ・吉行淳之介『驟雨(しゅうう)』
 ・開高健『裸の王様』
 ・古山高麗雄『プレオー8の夜明け』
 ・絲山秋子『沖で待つ』
 でしょうか。いずれの作品についても、この本で議論しています。

 毎友会の皆さんに手に取っていただければ、幸いです。

(重里 徹也)

 『教養としての芥川賞』(青弓社)は重里徹也、助川幸逸郎著。定価2000円+税。

 重里徹也(しげさと・てつや)さんは1957年生まれ。大阪外国語大学ロシア語学科卒。82年に毎日新聞社入社。下関支局、福岡総局、東京本社学芸部、同学芸部長、論説委員などを経て、2015年に退職し、聖徳(せいとく)大学(千葉県松戸市)の教授に。日本近現代文学を教えている。毎日新聞のサイト「経済プレミア」で毎月、新刊の書評を連載中。

《『毎日新聞』2022年1月8日付け「今週の本棚」から》

 『教養としての芥川賞』(青弓社・2200円)

 数多い文学賞のなかで、なぜ「芥川賞」は特別なのか。本書は全編を通してその問いに答えている。

 熟練した「小説の読み手」二人が、歴代の芥川賞受賞作から23作について、縦横無尽に語り尽くす。それぞれの文学観や歴史観、培ってきた知見、個人的な体験を総動員してぶつかり合う対話は非常にスリリングであり、「文芸批評」の本来あるべき方向性を示しているように思う。

 芥川賞は19日の選考で166回を数える。1935年から年2回、ほぼコンスタントに選考会を開き、受賞作を送り出してきた。対象が新人の短編であること、他の賞よりも選考委員が多く、みな実作者であることなどが特長に挙げられる。

 受賞作は、その時代の雰囲気、価値観を知る指標になる。さらに現代を映し出す鏡にもなり、社会を相対化し続けている。二人はそんな小説の味わい方を、全力で堪能しながら私たちに伝えてくれている。

 「村上龍はある意味梶井基次郎に似ている」「村上春樹と対をなす作家は龍ではなく宮本輝ではないか」など、随所で新鮮な言葉に出合った。小説の読み解き方は、どこまでも更新できる。(部)