2022年2月28日
上海のデジタル進化や暮らしの今を、前特派員、工藤哲さんが新刊『上海』に
2018年春から20年秋までの約2年半にわたり、上海に駐在した記録をまとめました。日中関係は今からちょうど10年前の2012年、日本政府による尖閣諸島国有化に反発した反日デモが中国各地で起き、関係は急速に冷え込みましたが、その後は徐々に改善に向かい、「正常軌道に戻った」とされた時期の18年からの赴任でした。
その後は米中の深まる対立や香港でのデモなどが起き、20年初頭から中国で新型コロナウイルスの感染が拡大し、そのさなかでの帰任となりました。コロナ禍を機に世界や日本は大きく変わってしまいましたが、主に取り上げたのは「コロナ前」と「コロナ後」の上海です。
多くの読者の方は、北京と比べて上海発のニュースはかなり少ない、と感じるのではないでしょうか。それは、北京が国の外交や政治を全般的にカバーしていたのに対し、上海は主に社会や地方の動きを追っていたからです。
北京では「○○首脳会談」「○○国際会議」「中国外務省の○○報道局長は定例会見で○○と発言した」などがあればその都度記事を送りますが、上海にはこうした「日付モノ」は限られており、ある程度まとまった取材をし、なおかつ適切なタイミングに合わなければ大きな記事は載りにくい、という事情がありました。紙面のスペースが限られる中、かつて駐在した北京と比べ、上海の記事は載せるのが大変だった、というのが率直な印象です。
そんな中でも、上海の街は確実に、かなり早いスピードで変化していて、街を歩くとさまざまな発見がありました。キャッシュレスの支払いはもちろん、食事の注文、タクシーの利用、レンタル自転車もすべてスマホの利用が前提でした。コンビニやスーパーの無人化も進み、この手のサービスは日進月歩で更新されていました。肌感覚で、上海のデジタルサービスのモデルは既に日本の3、4年先を進んでいた印象です。こうしたサービスからビジネスのヒントを得ようと、日本の企業関係者の視察が絶えませんでした。
駐在中には、コロナ前には上海を拠点にさまざまな日中の往来がありました。中国人の訪日客は増加の一途で、クルーズ船での日本旅行も空前のブームでした。一方で日本の著名な漫画家や指揮者、トップアイドルの訪中が相次ぎ、中国側もこれを歓迎していました。
こうした空気はコロナによって一変してしまいましたが、中国のマーケットが巨大化する中、かつてない規模の日中間の交流が広がりつつあったことも事実です。コロナによって往来は停滞し、日本の対中感情は再び悪化し、なかなか改善の兆しが見られないまま現在に至っています。
日本国内での中国に対するイメージは決して良好とは言えない状況にあります。海洋での行動や軍事力の増強、国内の人権問題、度重なる日本政府への揺さぶりなど、さまざまな理由があり、これらに警戒し、動きを伝えていくことは極めて大事なことだと思います。一方で、その行動や体制の背景、国内の足元の事情はどうなっているのか。普通の人たちの思いや感情、暮らしぶりは一体どうなのか。その部分を手厚く伝えることも同様に重要だと思います。
「断片ではなく、自分の周囲で起きていた全体像をどう書けば伝わるだろうか」。こう意識しながらまとめてみました。コロナ禍で日中の往来が難しい中、この間の空白をわずかでも補う参考にして頂けましたら幸いです。
(工藤 哲)
『上海 特派員が見た「デジタル都市」の最前線』は平凡社新書、定価1,012円(本体920円+税) ISBN 9784582859980
工藤哲(あきら)さんは1976年青森県生まれ。埼玉県出身。99年に毎日新聞社入社。盛岡支局、東京社会部、外信部、中国総局記者(北京、2011~16年)、特別報道グループ、上海支局長(18~20年)を経て秋田支局次長。著書に「中国人の本音 日本をこう見ている」など。共著『離婚後300日問題 無戸籍児を救え!』(明石書店)で07年疋田桂一郎賞受賞。