新刊紹介

2022年5月9日

論説副委員長の元村有希子さんが『科学のトリセツ』刊行

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 「サンデー毎日」で2018年4月から続けているコラム「元村有希子の科学のトリセツ」が、書籍として刊行されました。

 連載は16字詰め50行。折々のニュースや世相を私(著者)なりの「科学の目」で切り取っています。この4月で200回を超えました。うち150本ほどを選んでまとめました。

 表紙で双眼鏡をのぞいて興味津々、のポーズを取っているのは私です。会ったことのないイラストレーターさんが、そっくりに描いてくれました。

 ……科学記者を名乗り『科学の○○』なんて本まで書いているが、大学入試直前に文転して敵前逃亡したクチである。新聞記者になって35歳で科学環境部配属になり、正直「ウソだろ~、なんで私が?」と泣きそうになった。(本文より)

 私はもともと生活家庭部に行きたくて、西部本社から東京へ異動して来ました。ところが物事はうまくいかないものです。毎年秋に書かされる異動希望調査の第3希望を空欄のまま提出するのは気が引けたので、ためしに「科学環境部」と書いてみたら、なぜか採用されました。2001年春のことです。

 理系、大学院卒の専門家集団に、知識の量や分析力でかなわないことは承知の上。背伸びせず、私なりに伝えたいことを書いていこうと、半ば居直って取材し続けてきました。

 20年を経て、今や科学や環境の話題を「難しいから」「分からないから」と敬遠していられない時代になりました。

 遺伝子、人工知能、ウイルス、PCR、気候変動、放射能、人新世、宇宙旅行、脱炭素。昨今、あちこちで物議をかもし、現代を生き抜く上でも知っておきたいキーワードです。

 とはいえ、理解するには、まあまあ難しい。勉強しようと腕まくりをしても、土台になっている知識が分からないとお手上げ、というものもあります。

 そうしたややこしい科学や環境の話題について「要するにこういうこと!」と分かった気になってもらうのが、本書の狙いです。だから「トリセツ(取扱説明書)」です。

 連載期間の半分以上は「コロナ時代」となりました。肉眼では全く見えないこの新型ウイルスは、またたく間に世界に広がり、世界経済を混乱させ、さまざまな格差を浮き彫りにし、人と人とを遠ざけました。

 日本でも、政治と科学の不協和音が表面化し、溝は埋まらないままです。

 とりわけ安倍・菅両政権の科学軽視、反知性の傾向は目を覆うばかりでした。その象徴が、東京五輪誘致での「福島原発はアンダー・コントロール」発言であり、コロナ流行さなかの「GoTo トラベル」始動であり、日本学術会議での会員候補6人の任命拒否でした。

 論説副委員長として社論を練り上げる会議を仕切りながら、現場で起きていることに分野の壁はないんだなあと痛感します。

 科学嫌いの政治家と、政治音痴の専門家が協力しないことには、「日本丸」は漂流を続けるでしょう。とりわけこの1年は、コロナ、五輪、衆院選にウクライナ侵攻と、「闘い」続きです。福島原発の廃炉作業、コロナ禍からの経済復興、焦眉の急のエネルギー改革や毎年のように起きる自然災害にも、気合いだけでは対処できません。

 専門家の知恵だけでなく、国民や政治家の理性も求められていると思います。答えのない問いを考え続ける忍耐力、これも大切でしょう。

 ……気難しそうな人でも、ちょっと付き合ってみると、意外に面白かったりするものだ。そんな気づきを、この本で経験してほしいと思う。……ややこしい科学との付き合い方を示してみたけれど、読めばたちどころにモヤモヤが晴れる、という代物でもない。(「はじめに」より)

 そういうわけで、読んで、笑って、考えて、また読んで、みなさんが科学との付き合い方を身に着けてくださることを願っています。

(元村 有希子)

 『科学のトリセツ』は毎日新聞出版刊、1,500円+税

 元村有希子(もとむら・ゆきこ)さんは 1966年北九州市生まれ。九大教育学部卒業。取得した教員免許は「国語」。89年入社。西部本社報道部、下関支局、福岡総局などを経て2001年科学環境部。同部デスク、部長、編集編成局編集委員などを経て19年から論説委員。著書に『理系思考』『気になる科学』『科学のミカタ』(いずれも毎日新聞出版)、『カガク力を強くする!』(岩波ジュニア新書)など。本紙にコラム「窓をあけて」(毎月第2土曜掲載)を連載中。