2022年7月13日
統合デジタル取材センターの國枝すみれさんが新刊「アメリカ 分断の淵をゆく 悩める大国、めげないアメリカ人」
1989年から2020年まで、ロサンゼルスとニューヨークでの特派員生活と2度の留学の間に、アメリカ50州を訪れました。その中で会った忘れられないアメリカ人の物語を10項目、選んで書きました。
温暖化で沈む島に住む先住民の老夫婦、尊厳死する決意をした元記者、会ってみると憎めないところもあるKKKやネオナチのメンバー、プロパガンダと闘う記者と飲まれた記者、核開発の裏で犠牲となった軍人、精神病院に閉じ込められた小児性愛者……。
登場するアメリカ人の多くは、スラムや国境、最果ての島など「辺境」に住んでいます。金と権力に縁がなく、悲しみや苦しみが凝縮している場所―。取材をしながら、こんなアメリカがあるのか、そんなアメリカ人もいるのか、と驚きました。固定観念がばらばらと崩れていきました。そして、私にとっては、困難の中でもがき、不条理や恐怖と闘っているアメリカ人が、ハリウッド俳優よりも輝いて見えたのです。
アメリカ人は私と似ています。無知で無防備で好奇心だけはあり、親や先生の注意をろくに聞かず、転んで痛い思いをして学ぶタイプ。だから、アメリカ人の言葉はすとんと腹に落ちました。この本はアメリカ人から学んだ自分の成長記録でもあります。
新聞社に入る前から社会問題の解決に興味がありました。アメリカで起きたことは数年後に日本でも起きる。実験国家アメリカには成功例と失敗例がたくさんあり、先行事例を取材しているという充実感がありました。
そのうち、何を取材していても必ず突き当たる固い地層のようなものがあると気づきました。それは、人種差別であったり、武器や力への信奉であったりする。アメリカは寛容な顔がある反面、ひどく冷酷で凶暴な顔も持っています。両方の顔にできるだけ迫ったつもりです。
この本で取り上げた問題のほとんどは解決するどころか悪化しています。アメリカ人は多文化主義を推進しようとするリベラル派と、キリスト教に基づく伝統的な社会を維持しようとする保守派に分かれ、憎しみあっています。今年は妊娠中絶する権利をめぐり、血が流れるかもしれません。アメリカはこれからどうなるのか? 日本がアメリカから学ぶことができる教訓は何なのか? そう思ったら、この本を手にとってください。
最後に、告白するまでもなく、私は不良特派員でした。記事になるかを素早く判断して、1時間でも早く出稿しなければならないのに、好奇心に身を委ね、記事にならないと分かっていて取材を続行しました。ニュースより人間、心を揺らす物語を追いかけるのが面白かったからです。
当時のデスクや北米総局長は、歩留まりを考えろ、とか、危険だから行ってはいけないとか、一度も言わなかった。野放しでした。それがいかに幸運なことだったか、いましみじみと感じています。
(國枝すみれ)
「アメリカ 分断の淵をゆく 悩める大国、めげないアメリカ人」(毎日新聞出版)は
7月23日発売。1800円+税
國枝すみれさんは1991年入社。毎日デイリーニューズ編集部、西部本社福岡総局で警察担当記者、ロサンゼルス支局、メキシコ支局、ニューヨーク特派員を経て、2019年10月から統合デジタル取材センター。05年、長崎への原爆投下後に現地入りした米国人記者が書いたルポを60年ぶりに発見して報道し、ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。