2022年8月15日
元印刷部長・山野井孝有氏長男・山野井泰史さんの登攀史
「CHRONICLEクロニクル 山野井泰史 全記録」 山と渓谷社より発刊
山と渓谷社から、元印刷部長・山野井孝有さんの長男で登山家・山野井泰史さんの登山記録をまとめた「CHRONICLEクロニクル 山野井泰史 全記録」が出版された。泰史さんは、登山界のアカデミー賞と呼ばれるピオレ・ドール賞の中でも最も栄誉ある生涯功労賞を、アジアのクライマーで初めて受賞したクライマー。10代の頃から常人を越える登山を続けてきて陰では「天国に一番近い男」と言われていたが、実は人一倍慎重なのもまた事実である。今年57歳、これだけ厳しい登山を続けていながら存命なクライマーは世界的にも数は少ない。
小学生の時にヨーロッパ・アルプスの尖峰を登るクライマーの映画を見て山に魅せられ、それ以来クライミングにとり付かれる。20代半ばに初めてカラコルムの高峰(ブロードピーク:8047m)登山へ参加し登頂するが、自分は組織登山には向かないことを痛感、それ以降は一連のヒマラヤやカラコルムの山々へは個人的に向かう。余談ながら、この登山で現在の夫人である妙子さんと出会う。
メジャーな峰やルートには人が集まるが、周囲の反応に惑わされることなく、これからも自分なりのペースで自分なりに登り続けるという泰史さんは、単なるピークハントや自分なりに価値を見出せないルートには食指が動かないという。巷では人気の8000メートル峰14座登頂などには興味も抱かない。だから、<山好き>を自称する人たちがこの書に記された山名を知らなくともそれは不思議でも何でもない。
この記録集を見ながら、私個人としてはどうしてもご両親の日々の心境に思いを馳せる。平静を装いながら心の中ではいつも心配だらけだったろうが、それでも引き止めない……。そんなご両親の見えない協力があったからこそ成し遂げられた偉業だと思えてしまう。
<この親にしてこの子あり>という言葉を思い出してしまう。
登山に詳しくない読者でも数多いスナップ写真で登山の雰囲気が感じられ、厳しい登山記録なのに息苦しさを感じさせない一冊である。
本書の内容は――
Ⅰ章 若き日の山/10代後半のアメリカ武者修行にはじまり、トール西壁ソロ、フィッツロイ冬季ソロの手記、それに当時のインタビューなどを収録
Ⅱ章 ヒマラヤの日々/1991年から2002年のギャチュンカンまでの約10年、20回にわたるヒマラヤ遠征の数々を臨場感あふれるスナップ写真で紹介
Ⅲ章 再起の山/凍傷で指を失いつつもクライマーとして復活を果たした現在までの主要な登攀記録や手記を掲載
Ⅳ章 対談・インタビュー/20代、30代と折々に行なわれたインタビューや対談を再収録
Ⅴ章 登攀年譜/45年にわたる山行記録の一覧
著書に、「垂直の記憶」「アルピニズムと死」(ともに山と溪谷社刊)。評伝に、「ソロ」(丸山直樹著/山と溪谷社)、「凍」(沢木耕太郎著/新潮社)。他に山岳雑誌等に多々取り上げられている。
また、ピオレ・ドール生涯功労賞の他に朝日スポーツ大賞や夫妻で受賞した植村直己冒険賞、ピオレ・ドール・アジア賞など、多くの賞を受賞してもいる。
【余談①】TBSドキュメンタリー映画祭作品として作られ、春に限定公開された「人生クライマー」の完全版が、2022年11月25日から全国公開されるという。
http://jinsei-climber.jp/
【余談②】現在、小学館発行「ビックコミック」誌に、「アルパインクライマーー単独登山者・山野井泰史」(原作・よこみぞ邦彦、作画・山地たくろう)が連載中。8.25号で第14話まで。第1話~第6話は単行本1として発行されている。
「CHRONICLEクロニクル山野井泰史 全記録」山野井泰史著は山と渓谷社から2022年8月1日発行 定価2200円(税込)
https://www.yamakei.co.jp/products/2821340390.html
*本稿は、山野井泰史・妙子夫妻を支援している登山家で、友人の寺沢玲子さんに書いていただいた原稿に一部補足したものです。
(福島 清)