2022年8月16日
戦争報道を続ける〝常夏記者″栗原俊雄さんが新刊『戦争の教訓』
栗原俊雄さんの新刊を紹介する前に8月15日付け徳島新聞掲載のコラム「勁草を知る」を転載させていただく。徳島県出身ということで、4月から2カ月に1回のペースで回ってくるリレー形式のコラム執筆を依頼され、これが3回目。やはり徳島県出身で西部本社で編集委員を務め、「水俣」に関する著書や報道で知られる米本浩二さんも執筆者に名を連ねている。
八月ジャーナリズム
「常夏記者」の心を思う 高尾 義彦
今日は「終戦記念日」。厳密に歴史を振り返れば「敗戦記念日」。今年も、6日の広島原爆忌、9日の長崎被爆を中心に、メディアは戦争をテーマにさまざまな報道を重ねてきた。
やや揶揄的なニュアンスも込めて「八月ジャーナリズム」と呼ばれる。かつてその報道に携わった一人として、肯定的にとらえて継続を願うとともに、課題を考えたい。
松井一実広島市長は、ウイーンで6月に開かれた核兵器禁止条約第1回締約国会議に長崎市長とともに出席した。日本記者クラブで開かれた記者会見で、会長を務める平和首長会議が1982年の第2回国連軍縮特別総会の機会に、当時の荒木武市長の呼びかけで誕生し、いまでは166か国・地域の8188都市に広がっていると報告した。
40年前のその年に、筆者はニューヨークで国連本部前から出発した100万人デモなど反核運動の高まりを取材した。国内では市民団体を中心に反核3000万人署名を集め、国連に届けた。春先から、平和を求める市民の運動に後押しされる形で、反核の紙面を展開した。
日本の原水爆禁止運動は、かつての共産党系と社会党系の対立など市民の力が結集できない時代を経験している。その意味で82年は市民の意識が政治的路線を超えて署名運動に集約された年だった、と振り返りたい。
敗戦から77年となる今年、ロシアによるウクライナ侵攻やミャンマーの国軍クーデター、台湾をめぐる米中対立と、平和を脅かす動きはさらに深刻化している。核兵器保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任し核禁条約にも参加しない日本政府に歯がゆい思いを禁じ得ないが、ジャーナリズムの役割が、これまで以上に問われていると実感する。
「東京大空襲」(岩波新書)の著者、早乙女勝元さんが5月に90歳で亡くなった。1945年3月10日の米軍による空襲では、10万人が犠牲になった。無差別爆撃による悲惨な状況は、早乙女さんの聞き取りなどによる調査活動がなければ明らかにならなかった。
早乙女さんの姿を追うように戦争報道を続けているのが、後輩の栗原俊雄記者(55)だ。彼は空襲被害者の国家賠償請求、シベリア抑留、沖縄の戦没者遺骨収集などの報道を、季節に関係なく1年中、継続してきた。
「紙面が常夏です」と同僚から冷やかし気味に言われたことを前向きに受け止めて、「常夏記者」を自称し、ニュースサイトの連載も「常夏通信」と名づけた。「八月ジャーナリズム」を否定はしないが、悲惨な戦争の実態を伝え、「戦争だけはしてはいけない」と締めくくる「文法」では、戦争を過去のものにしてしまう危険性があると指摘する。
徳島大空襲でも約1千人の命が奪われたが、戦争の被害者はいまも国家から見離され、立法、司法、行政の三権からたらい回しされている。そう認識する「常夏記者」は、戦争体験者が少なくなった現状に危機感を抱きつつ、取材・報道を続ける。
以上がコラムの内容だが、今回の新刊も栗原さんが心血を注いできた戦争報道の一つとして位置づけられる。第2次世界大戦の死者は日本だけで310万人。それだけでなく、戦争の被害に苦しむ人は今もたくさんいる。「戦争は未完」「広義の戦争は未完なのだ」との視点が、栗原さんの基本姿勢であり、今春の『東京大空襲の戦後史』(岩波新書)に続く刊行となった。
1939年の開戦に至る経過を検証した「第一章 為政者は間違える」では、第二次大戦だけでなく、ロシアのウクライナ侵攻、これを受けて安倍晋三元首相が主張した「核シェアリング」などを追及する。「第3章 必然の敗戦」、「第4章 聖断=英断?」で、戦争遂行の責任を追及されるべき政治家や軍人の思想・行動を分析し、戦争を知らない世代にも歴史を伝えてゆく。
最後に改めて「為政者は間違える」の章を立て(第5章)、戦前と違っていまは、有権者として選挙などを通じて国民は自らの意思を表明し政治を動かす権利と責任を持っていると説く。そして、その判断の前提として「新聞の戦争責任」を取り上げ、一方で戦争被害者の取材・報道を続けてきた体験から、被害者が「受任論」などによって切り捨てられてきた歴史に、持続的に異議を唱える。
著者は、事実から目を離さず、「戦争の教訓」を読み取ってほしい、と願っている。
(高尾 義彦)
『戦争の教訓』は実業之日本社2022年8月1日発売 価格 1,760円(税込)
ISBN 978-4-408-65023-4