2022年12月6日
エルサレム特派員、三木幸治さんが新刊『迷える東欧 ウクライナの民が向かった国々」
「東欧がこれだけ注目されたのは、1980年、89年以来だろう」。東京大の小森田秋夫名誉教授(ポーランド法)の言葉だ。
今年2月下旬、ロシアがウクライナに侵攻すると、延べ500万人に達する避難民がポーランド、ハンガリー、ルーマニアを始めとする東欧諸国に押し寄せた。メディアでは各国政府、市民が献身的に避難民を支援する姿が報じられた。
1980年は、社会主義下のポーランドで、電気技師のレフ・ワレサ氏(後に大統領)が、民主化運動の中心となる自主管理労組「連帯」を結成した年だ。89年はベルリンの壁が崩壊し、「東欧革命」が起きている。小森田氏は2022年を、約30年ぶりに東欧に関心が集まった年と位置づけた。だが、それだけ注目を集めながら、各国の現在の政治や社会、国ごとの違いを掘り下げた報道は少なかったように思う。
私は16~20年、中・東欧を担当するウィーン特派員を務めた。率直に言って現在、東欧は日本メディアの「真空地帯」だと感じる。日本から遠い上、中東やアフリカのように深刻な人道危機も起きていない。日本企業の数もアジアと比べれば雲泥の差で、日本人の関心が集まりにくい。「ニュース」として報じるのが難しい地域だ。
だが取材してみると、東欧はここ10年で大きく変化していた。2008年のリーマン・ショックを契機に民族主義が勃興し、今まで背中を追っていた「西欧」とは異なる国造りが始まっている。市民の間に貧富の差が広がり、特に欧州連合(EU)加盟の恩恵を受けられなかった貧困層で、独自のアイデンティティーを求める空気が広がる。政権は国民感情を察知し、さらには権力基盤を固めるため、西欧流の民主主義を否定し、ロシア、中国などの強権国家に近づき始めている。
本書「迷える東欧」は、私がポーランド、ハンガリー、ルーマニア、そしてボスニア・ヘルツェゴビナの実情を自らの視点で取材し、まとめたものだ。私は日本に帰国後、1年間の外信部勤務を経て、21年4月から中東・エルサレムに派遣された。ロシア侵攻後のウクライナ、ポーランドを取材する機会にも恵まれ、東欧各国のウクライナ避難民への対応も本に書き加えることができた。
ボスニアについての記述は、少し異質かもしれない。主に、ボスニア紛争(1992~95年)の性暴力被害者について、紛争から約25年後の現状を取材した。当時、戦争の「武器」として性暴力が使われ、被害を受けた人々は、今も心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ、社会からの差別に直面している。現在、ウクライナでもボスニアと同様のことが起きている、と言わざるを得ない。国際社会は「ボスニアの教訓」を生かす責任を負っている。
89年以降の東欧各国の動きをたどると、民主主義を成熟させることはこんなにも難しいことなのか、と感じざるを得ない。今、ロシアに侵攻されているウクライナも、汚職や不十分な司法制度など、民主主義国家として大きな問題を抱えている。戦後77年が経過し、さまざまな問題が噴出し始めている日本も例外とは言えないだろう。
この機会に、避難民が暮らす東欧諸国の現状に関心を持って頂き、本書を手に取って頂けるとありがたいと思う。
(三木 幸治)
『迷える東欧 ウクライナの民が向かった国々』は毎日新聞出版刊。1760円(税込)
三木幸治(みき・こうじ)さんは1979年、千葉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2002年に毎日新聞社入社。水戸支局を経て、東京本社社会部で東京地検特捜部を担当。その後、中部報道センターなどに勤務し、2016~2020年にウィーン特派員。2021年4月からエルサレム特派員。