新刊紹介

2025年8月4日

捜査官、終わりなき痛恨の記録―4人毒殺事件の捜査主任が出版

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 30年前、埼玉の浦和支局で駆け出しの記者だったころ、毎晩のように夜回りをしていた県警の貫田晋次郎さんが「沈黙の咆哮」(毎日新聞出版)という本を出した。当時は県警本部捜査一課の課長補佐(警部)で、1993年に4人が毒殺された「埼玉愛犬家事件」の捜査主任官だった。捜査一課に11年間在籍した後、本部教養課長や狭山署長などを経て2013年に地域部参事官で定年退官した。

 愛犬家事件は、その猟奇性から注目を集め、脚色されてドラマや映画のモデルにもなった。だが、捜査の当事者にとっては内偵捜査を始めた後に犠牲者を3人も出した痛恨の事件であった。「事実を社会に伝えたい」と、貫田さん自身が書き下ろし、捜査着手から公判までの足跡を振り返ったのが「沈黙の咆哮」である。私は貫田さんにインタビューをして書評欄「今週の本棚」の「著者に聞く」という記事にした。
 https://mainichi.jp/articles/20250802/ddm/015/070/008000c

 新人時代の「サツ回り」が30年たってこんな記事につながるとは思ってもみなかった。

 いわゆる「デカ」の匂いがしない捜査官だった。官舎には本がうず高く積まれ、玄関にまであふれ出していた。話をすれば事件とは関係のない新聞記事への評から写真のアングルまでいろいろ意見された。

 それもそのはず、日大芸術学部写真学科出身で戦場カメラマンを目指していたと聞いて納得した。多忙を極めた現役時代も映画を年間100本は見ていたという。

 愛犬家事件以外にも本庄保険金殺人など注目事件をいくつも手がけ、事件記者の間では知られた存在だった。捜査が佳境に入ると夜討ち朝駆けの記者が列をなしたが、いつも根気よく応じていた。なぜか。今回インタビューで尋ねたら「自分もジャーナリストになりたかったから」というシンプルな答えが返ってきて、ちょっと驚いた。「聞いた話をただ流すだけの記者になってほしくなかったから」とも。

 ほかにも一般的な警察官とはセンスが違うと感じさせるところがいろいろあり、奥の深い人である。だからこそ30年以上たっても人間関係が続いているのかもしれない。ご本人から本を書きたいという話を聞き、毎日新聞出版の信頼する編集者につないだ。それから1年あまりして本が世に出ることとなった。

 「著者に聞く」の最後には「捜査機関のあり方への静かな警鐘ともいえる本である」と書いた。折しも警察、検察のずさんな捜査による冤罪が相次いで確定している。時宜にかなった出版となった。

(毎日新聞論説委員・日下部 聡)